霙の街


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霙の街

四分五裂

1995年8月15日 日本国(京都政府) 関ヶ原町
  朝の空はどこまでも遠く、青く、澄み切っていた。背筋が縮む。直射日光は暴力的なまでに松果体を刺激する。くそっ。眩しすぎる。
  俺と北山は、峠をちょっと降りた所にある、このちっぽけな駐車場に停めた小型トラックの脇に立ち、二人して同じ様な姿勢で伸びをしていた。昨夜遅く……というか今朝早く、和歌山の缶詰工場から荷物を満載して出立してきたのだ。
  俺たちのトラックには、一ヶ月前までとは違って、至っていい加減ながら迷彩塗装らしきものが施されている。おまけに、小さいのが一発だけだが弾痕も付いた。
  そう、結局、俺達が経営していたささやかな運送会社は先月末日をもって解散してしまっていた。そんでもって“緊急時にのみ編成される”と緊急に制定された(要するに泥縄式というやつだ)予備警察隊(とやら言う名の法的根拠のすこぶる怪しい組織)に所属する運送隊に、俺達は愛車ごと徴用されていた。今、この関ヶ原にいるのも、先月、突然意味不明の反乱を起こした名古屋を攻囲している(筈の)戦線北部への物資運送のためだ。
  いや、正確を期すならば、名古屋が反乱したから……そして自衛隊がその早期鎮圧に失敗したから、予備警察隊設置法が出来て俺たちが徴用されたと言うべきか。とかなんとか理屈をこねてみても、やっている事は今までとたいして変わっていない様な気もするが。そう、所詮はしがねぇ運び屋でしかないのだ。いちいち荷主を探し回る必要がないだけ楽になったとも言える。
  恰好も相変わらずのジーンズにTシャツだし。あぁ、予備警察隊の制服なんてぇ物も一応規定にはあるらしいのだが、支給されてないし。いや、それどころか見たことすらない。
  まぁ、同じ徴用といっても、持ったこともない銃を担がされて、いきなり前線にほっぽり出されて、同じ日本人と殺し合わさせられるなんていうのよりはよっぽどマシなのかもしれない。
  「あちーなぁ。こうあちーと、のどが渇いてしゃーないな。缶ジュース買ってくるわ」
  北山が、道路を挟んで反対側車線用の駐車場にある自動販売機の方にむけてのたのたと歩いて行ってしまう。俺は少し、手持ちぶさたな視線を空の果てにやった。
  そうか、そういや、今日で太平洋戦争の終戦から50年なんだよな。
  そんなことに不意に気付く。
  50年、ねぇ。『もし、あの時、本土決戦なんて事をしていたら……』なんて本を昔よく読んだもんだが、これこそがその50年前にありえたかもしれない国の形。それがこれだ。そうかもしれない。運命かな。そんなことを思ってしまう。
  そして、そんなことをとりとめなく考えている俺の背後……トラックの荷台の後ろ側から、唐突に現れる敵意を全く感じさせない……と言うよりも親しみを込めた気配。
  「やっほー! お久しぶり!」
  それでも俺は、硬直した。その声には聞き覚えがあったから。そしてこんなところで聞く筈のない声だったから。
  半年以上のギャップを経ても、聞き覚えがある、ということを改めて思い出すまでもなかった。俺は振り返った。
  アニメ絵のプリントされたTシャツに身を包んだ彼女が、あの時と同じ暢気そうな笑顔を浮かべながらそこに立っていた。
  それにしても、何故彼女がこんなところにいるんだ?
  俺は驚きを顔に出すことに長けてはいない。その時も、驚きの顔と声は反射的に平常心の中に包み込んでしまった。
  「あぁ、久しぶりだね」
  弱い笑いを浮かべながら。
  「なぁにぃ? せっかくの感動の再会だってゆーのに。もうちょっと嬉しそうな顔したらどうなのよ!」
  ……そんなこと言われても……なぁ。これが俺の地の性格だからなぁ。
  「なに? その眼は! 何か不満があるっての?」
  俺は何となく言い訳をしなくてはならないような気分にさせられる。
  「いや、そう、君にこんなところで会えるとは思ってなかったからさ……ほら、ちょっと本当にさ、びっくりしたんだよ、うん」
  なんで慌ててこんな弁解せにゃならんのだ。……こういう時は話題を変えるに限る。
  「で、どうしてんだい、今?」
  彼女は、名古屋の美大に通っているという話だったのだ。
  「フッフッフーッ。当ててみよー」
  ま、一応機嫌は直ったらしい。しかし、当ててみよー、って……言われてもねぇ。
  「うーむ……予備警察隊とか?」
  適当に言ってみる。予備警察隊は組織としての体がなっちゃいないから、いたのに知らないと言うことは十分あり得る。
  「ブー」
  一瞬で否定される。しかし……ブー、ってそんな嬉しそうにいわんでもええやんか。む、思考が関西弁化している。俺ももう関西暮らしが長いからなぁ。そうか。もう4年か。
  「むむむむ。そのまんま学生?」
  それでも、前線を抜けて来れたとは思えないんだけど。
  「やっぱりわかんない? ふっふっふ。それじゃあねぇ………………」
  ジェット機の通過する音が辺り一帯を満たして彼女の言葉の後半がかき消される。俺と彼女は一緒に弾かれたように頭上を振り仰ぐ。西の方……俺たちがやってきた方角へ向けて小さくなっていく4つの小さな点。編隊を組んだ小型機だ。そしてそれらはすぐに山かげに姿を隠す。どこの飛行機だ?
  「名古屋軍かしら」
  少し首を傾げて、彼女が呟く。
  「まさか。こんなところで?」
  俺は、反論した。この辺一帯は、京都政府自衛隊が完全に制空権を握っている……筈だ。と言うより、名古屋政府麾下の部隊にはもう戦闘機はいない。だからあれは名古屋軍……いや、名古屋政府自衛隊である筈がない。
  「可変翼機だったわ」
  へ? 何でそんな所が見えるんだ? 視力2.0の俺でも全然点にしか見えなかったのに。
  そして、気付く。
  それよりも、彼女の言うことが本当なら。
  「可変翼機? それじゃ……」
  米軍機じゃないのか? その言葉に含まれた隠喩の恐ろしさに気が付いて、押し黙る。そして、俺のあえて言わなかったことを彼女はあっさりと口にする。
  「きっと米軍機ね」
  つまりF14だ。つまりは空母艦載機。
  「じゃあ名古屋じゃないんじゃ……」
  「名古屋よ」
  彼女が俺の言葉を途中から奪う。
  何か知っているのか?
  そう言いたい俺の眼を読んだのか、彼女はそのまま続ける。
  「名古屋港には、アメリカの空母がいたそうだわ。ついにアメリカがやってきたのよ」
  アメリカの空母が名古屋港にいて、それでなおかつ名古屋政権が抵抗を続けている、と言うことは、アメリカは名古屋政府を叩くつもりはないと言うことだ。アメリカの空母艦隊が京都政府側に立っているのなら、名古屋政権はとうに潰れているはずだ。
  「しかしどうして……」
  「どうしてって? もしかして聞いていないの? 岐阜の虐殺」
  俺は、頭を振る。岐阜の虐殺? そんな単語は俺の耳にはまだ入ってきていない。確かに岐阜市街で大規模な戦闘があったらしい……ついでにどうも占領するには占領したもののかなりの損害を出したらしい、という話なら一度聞いた様な気がするが。
  「ふーん。じゃあ、京都の方では聞いていないのね。岐阜の市街戦の生中継が国外で流れていたのよ。あれでもう国際世論は名古屋の味方になったわよ。アメリカが名古屋側に立って介入するかもしれないという話で持ちきりだったわ」
  そしてそう言うことを知っているということは。
  「……と言うことは……もしかして、名古屋から来たのかい?」
  「そうね」
  やけにあっさりした肯定。
  「じゃあ、どうしてここに?」
  「それが問題よ。当ててみて」
  つまりはそこに戻ってきた訳か。俺は肩をすくめてみせる。
  「そんなもん判るかよ」
  「もうっ。じゃあ、いいわ。ヒントをあげる」
  素直に教えてくれる気にはどうしてもならないらしい。
  「さっさと言ってくれる気にはならない訳ね?」
  やけに明るい笑み。
  「ま、ね。少しは楽しませてよ」
  「俺の困ってる顔見て喜んでいる訳ね」
  「そゆこと」
  そういいながらも彼女の笑みは、俺を安堵させる。
  「あれ? あの時の女の子じゃないか。どうした?」
  真っ赤なコカ・コーラの空き缶を二本抱えた北山が、彼女を見つけて妙なものを見たかの様にそう尋ねると、俺と彼女はまるで示し合わせていたかの如く吹き出した。
  「おい、どうした? 何がおかしいんだ?」
  そんな北山を一人取り残して、俺と彼女は笑い続けた。
  空は青かった。
  通い慣れた林道は、今や、如何なる悪意が潜むかも知れない不気味なトラップと化していた。


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