歴史考証つれづれ95年10月


目次


歴史考証つれづれ95年10月

はじめに

 当連載は、時代考証関係の本などを読んでいて見つけた歴史の意外な事実を語り部通信倶楽部の16番ボードの『資料ボード[軍事・歴史・科学]』において書き込みしたものを再編集したものです

 TRPG、特に語り部での利用を念頭に書いて行きたいと考えていますが、今のところ残念ながら雑学的な面に重点を置いています。

 歴史考証資料ということでHRコード、紹介文ということで Iコードを使用しています。(KATACODE.ETX参照)

座布団の話

 まずは最初に……。

 取り合えず用語と解説はいかのように百科事典形式でまとめていけば、後々集積しやすくなりますので、サンプル的に書いてみました。

ざぶとん
座布団《家具》
座るときに敷く正方形の布。
 現在では中に綿などを入れるが、江戸時代には役者か花魁くらいしか綿入りの座布団は用いなかったという。
 特に武家では座布団は自堕落なものとして蔑まれ、ほとんど使われることはなかった。よって座布団を利用する戦闘技法が開発されたのは明治後半あたりからであろうという。

 とまあこんな感じでまとめると良いかと思います。

 とりあえずリアルに江戸時代をプレイするときには武士は座布団を用いない、ということだけですね。

銭の戦闘使用

武器として使う

 銭形平次のように銭を投げるのは非現実的だとお思いの方も多いかもしれません。私もそうでした。しかし、銭投げが存在しなかったなどというのは間違いなのだそうです。

 実は江戸時代には投銭術という遊びがあったそうです。五メートルばかり離れたところに打ち込まれた曲がった釘に、穴空き銭を投げて引っ掛けるという、輪投げを難しくしたようなものです。これだけ正確に投げられるならば、それなりに有用なのは分かりますよね。動かない目標ならば目玉にだって簡単に当てることができるでしょう。

 そして、もうひとつ。戦国時代には印字打ちなどと呼ばれる投石戦闘が頻繁に行われていたそうです。訓練すれば石がどれだけ遠くに飛ばせるかは、野球などを考えれば想像できますよね。当時の戦争による死傷者は、一番が鉄砲、二番が槍、三番が投石であると言われるほどなのだそうです。

 江戸時代でも懐にはたいてい銭を持ち歩いていたわけで、特に武器を持ち歩くことなく有効に戦える投銭術が、現実的な戦法であることはお分かり頂けると思います。

 さらに、投銭術は銃刀法の制約を持つ現代においても十分に使える戦術だと思います。

いんじうち
印字打ち《武術》
 投石戦闘のこと。比較的飛距離もあり、大量に投げることが可能で、コスト的にも優れた印字打ちは、戦国期の戦争において重要な役割を果たしたという。当時の死傷者は、一番が鉄砲、二番が槍、三番が投石であると言われるほどである。
とうせん・じゅつ
投銭術《武術》
 江戸時代の遊び。五メートルばかり離れたところに打ち込まれた曲がった釘に、穴空き銭を投げて引っ掛けるという、輪投げを難しくしたようなもの。
 印字打ち同様に戦闘にも用いることができる。

防具として使う

 さて、銭の戦闘利用にはもうひとつのパターンがあります、それは防具への利用です。

 頭巾や小手、着込みなどに銭を縫い付けてリングメイルのようにして刃を防ぐ手法は、安価に誰でも可能な防具の作り方として重宝されたようです。

 考えてみれば当たり前の工夫ですが、効果はたしかに優れていると思われますね。リングメイルの類に漏れず突きには弱いでしょうけど、刀で斬るのに対しては十分役に立つでしょう。

江戸時代の町人の武装

 江戸時代は武士しか名字帯刀を許されていなかった。

 ということから、町民はまったく武装できなかったと考えている方も多いかと思います。私も昔はそうでした。

 実は帯刀を禁じた1668年の禁止令で示されたのは、「刀」を差して歩いてはならないということであり、自宅に鑑賞用に刀を置いておくことは禁じられていませんでした。

 さらに、刀は駄目だとはいえ「脇差」は帯びていてもかまいませんでした。

 大小二刀差しがだめなだけで、脇差を帯びるだけならばかまわなかったわけです。実際に旅などには、町民でも資産があれば護身用に脇差を帯びることは良くあったそうです。

 この脇差を長くしたのが長脇差で、今でいうヤクザ同士の抗争などで用いられていたようです。長脇差はたびたび禁令の対象になり、寛政二年には一尺八寸以下に限ると、寛政十年には一尺五寸以上は不可であるとの触れを出しています。

わきざし
脇差《武器》
 短めの刀。江戸幕府の禁令によれば長さは一尺五、六寸である。これ未満のものは小脇差と、一尺七寸以上のものは長脇差と呼ぶようである。→長脇差
なが・わきざし
長脇差《武器》
 一尺七寸以上の通常の脇差よりも長い脇差のこと。幕府はたびたび禁令を出して使用を禁じた。
 刀の代用として江戸時代の町人(特にヤクザ)が使用していたのもこれである。別名ナガドス。

虚無僧について

こむそう
虚無僧《宗教》
 普化宗の僧であり、剃髪せず僧衣もつけない半僧半俗の存在。幕府によって諜報にも用いられたが、浪人対策としての面も多かったらしい。一応元武士でなければならないと決まっていたが、のちには食い詰めた町人などか勝手に虚無僧のなりをする事もあった。
 「家康公の掟書」なる文書によって、幕府から公にその特権を保証されていた。ただし明治時代になってからわかった事ですが、実際にはこの文書は偽物であった。特権とは全国の往来自由と、芝居小屋や相撲小屋の出入りが自由なこと、駅宿に泊まる事ができる事、托鉢には必ず喜捨をする必要があること、尺八の演奏権など。
 虚無僧の服装などは幕府によって規定されており、市中托鉢の際には藍色または鼠色の無紋の服(材質は綿か絹)を着て、平ぐけの男帯をまえに結び、腰には袋にいれた予備の尺八をつける。首には三衣袋をかけて、背中には袈裟を掛け、頭には「天蓋」と呼ばれる深編笠をかぶり、足には五枚重ねの草履を履き、手には尺八を持つ。旅行時には藍色の綿服、脚袢、甲掛、わらじ履き。よく時代劇で用いられる「明暗」と書かれた[人喝:げ]箱は、江戸時代には存在しなかった。
 もともとは梵論師[ぼろんじ]、ボロ、ボロボロ、薦僧[こもそう]などと称されていた乞食僧が原形らしい。
ふけしゅう
普化宗《宗教》
 禅宗の一派で、開祖は唐の普化禅師。尺八を吹く事を吹禅と称し、読経の佐井に尺八の伴奏がつくなど尺八を重んじていたらしい。
 本山は下総小金の一月寺。
しゃくはち
尺八《楽器》
 竹筒を利用した笛の一種。一尺八寸の長さだから尺八と呼ぶ。
 日本には奈良時代以前に渡来して、雅楽などにも用いられた。ただし当時のものは一尺三寸五分ていど。
 もともと一尺程度であった尺八が現在の長さになってのは、元禄時代の大坂の悪党雁金文七なる尺八の名手が、喧嘩の得物とするために作ったのが始まりだという。
 江戸時代には尺八の演奏は虚無僧の特権であり、その本山の一月寺の許可なしには芝居などでも尺八を使用できなかったという。

 以上、新人物往来社「別冊歴史読本 決定版 江戸時代考証総覧」などより要約してみました。

TRPGで虚無僧を使う

 さて、TRPGにおいて虚無僧は使い甲斐のある道具立てです。

 ざっと考えても以下のようなものが有り得ますか。

・本物の虚無僧になって諸国を漫遊しながら小さな事件を解決する。

・幕府の手先となり諸国の秘密を探る。

・武士が復讐を遂げるために虚無僧として放浪する。

・食い詰めた悪党が虚無僧に化けて悪事を働く。

・追い詰められた庶民が虚無僧に化けて江戸を目指す

 などなど。

 二つばかり語り部用の簡易ひな型を作ってみましょうか。

一般的な虚無僧《ひな型》
 普化宗の僧であり、剃髪せず僧衣もつけない半僧半俗の存在。
 常に尺八を持ち歩いている。
【余力】10 体力:5  集中力:5
【特徴】虚無僧:1
【技能】虚無僧の特権:8  托鉢:10  尺八演奏:9
虚無僧姿の隠密《ひな型》
 虚無僧姿で諸国をまわり、諸藩の実情や弱点などを探る隠密。ばれたら当然命はないと思ったほうが良い。
 データはそろそろ優秀にしてある。
【余力】15 体力:8  集中力:7
【特徴】虚無僧:1  実は隠密:2
【技能】調査:12  潜入:11  武術:10  目くらまし:11 自律:9

参考文献

 河出文庫『考証江戸奇伝』稲垣史生

 360円

 河出文庫『間違いだらけの時代劇』名和弓雄

 ISBN4-309-47184-6 480円

 新人物往来社「別冊歴史読本 決定版 江戸時代考証総覧」

 雑誌 69645-69 T1069645691805 1800円


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