エピソード『強さの価値』
- 鬼崎野枝実(きざき・のえみ)
- 影使い、現在の晃一の保護者代り
- 本宮友久(もとみや・ともひさ)
- 空間操作能力者、野枝実の家に居候
- 鬼李(きり)
- 野枝実の相棒の影猫
- 宮部晃一(みやべ・こういち)
- 強化超能力少年。
野枝実のアパート、夜。晃一はとっくに寝入っている。友久はふらりとどこかへ出かけてしまっていていない。
- 野枝実
- 「さ……て、そろそろ寝るか」
しばらく起きていた野枝実も布団に横になる。そのまま、ただ寝転がっていた。寝転がってしばらく。一瞬、背後にほんのかすかに気配を感じた。
- 野枝実
- 「誰だっ!」
まさか敵? こんなに近く? とっさに跳ね起きて拳を飛ばす。
- 友久
- 「おっ……と」
野枝実の放った拳を躱し、受け止める友久。その姿を認めると声を落し、力を抜く野枝実。この騒ぎにも晃一は眠ったままだった。
- 野枝実
- 「あんたか……」
- 友久
- 「悪いな、起きてたのか」
- 野枝実
- 「泥棒みたいな真似するな」
- 友久
- 「お前らを起こさんようにと思ったんだが」
- 野枝実
- 「よけいに心臓に悪い」
深く息をつく背中に冷たい汗がつたう。こんなに近くに来るまで気配に気づかなかった……
- 野枝実
- 「気配を消してたわけか」
- 友久
- 「ま、一応鍛えてるんで」
- 野枝実
- 「……そうだった」
そういえば……こいつ、こういうことでは自分より格段に強かった。まだ、勝てない……こいつに。
唇をかみしめ、思わず口惜しそうな顔になる野枝実。そんな様子を見て、意地悪い笑みを浮かべる友久。
- 友久
- 「口惜しいか?」
- 野枝実
- 「……何が」
- 友久
- 「なんなら鍛えてやろうか?」
からかうように続ける……が。
- 野枝実
- 「本当に?」
- 友久
- 「ん?」
予想と反して、真剣な顔で聞き返してくる野枝実。意外な反応に、少々驚いた顔になる。
- 友久
- 「……そりゃ、お前がやる気ならな」
- 野枝実
- 「本当に鍛えてもらえるんなら、やる」
- 友久
- 「言っとくが厳しいぜ」
- 野枝実
- 「それくらい覚悟する」
- 友久
- 「じゃ、明日にでも手合わせしてやるよ」
- 野枝実
- 「わかった」
こくりと真面目に肯く野枝実。なんとも言えない表情の友久。それに追い討ちを掛けるように、野枝実はぺこりと一つ、頭を下げた。
- 野枝実
- 「……宜しくお願いする」
そして、野枝実は寝入ってしまった後。壁に寄りかかり、野枝実と晃一をぼんやりと眺める友久。
- 友久
- 「なんだか……な、素直なんだかひねくれてるんだか。よ
くわからん奴だ」
ま、見ていて面白くはある。あくまで女としてではなく単に興味としての範囲内で……言ってみりゃ珍獣みたいなもんだ、あいつが聞いたら怒るだろうが。
眠る二人から目をそらし、ぽりぽりと頬をかきながら横になる。
- 友久
- 「せいぜい、一日で根をあげないことを祈るか」
翌日……。
立てなくなるほどに叩きのめされるのも、久しぶりのような気がした。
- 野枝実
- 「……先に夕御飯の支度しときゃよかった」
- 鬼李
- 「大丈夫か?」
- 野枝実
- 「何とかね」
影使いの能力を封じてしまうと、友久との力の差は歴然としている。殆ど片手であしらわれたようなものだ。
- 晃一
- 『……大丈夫?』
- 野枝実
- 「平気、だよ(苦笑)」
それでも……少し、荷が軽くなったような気がする。強くなりたい、強くならなければ、と焦るだけの時よりは。
- 友久
- 「お前、本式に学んだことはないだろう」
地面に叩き付けられたまま、転がっていた頭上からそう言われた。
- 野枝実
- 「ない」
- 友久
- 「そんな感じだ」
- 野枝実
- 「喧嘩吹っかけるくらいしかやったこと無い」
- 友久
- 「……傍迷惑な話だ」
- 野枝実
- 「放っとけ」
あの頃は、ただ不安を押える為だけに強くなろうとしていたように思う。何の為に、こんな妙な力があるのか。この力が無くなった時自分に何が残るのか。そんな、形の無い不安。
- 友久
- 「で、まだ続けるか」
- 野枝実
- 「うん」
手加減はされているのかもしれないが、容赦はされていない。その感覚に、安堵する。
不安は今でははっきりとした形を取り、背後からせっつくほどになった。以前と今と、どちらがしんどいかは、わからない。
- 野枝実
- 「……晃一、ごめん、手伝ってくれる?」
- 晃一
- 『何?』
- 野枝実
- 「この鍋、こちらに移してくれない? ……出来る?」
- 晃一
- 『うん。出来る』
手元から鍋がふわりと浮き上がる。
- 野枝実
- 「……ありがとう」
現実はこの程度。出来ないことは余りにも多く、時間も無い。それでも。強く、なりたい。誰かを守れるほどに強くなれる自信はない。……ただせめて、彼らを巻き込まないように。
ことん、と鍋がコンロの上に乗っかった。
霞ヶ池の影における野枝実の個人的話というものは、基本的には成長譚であるという気がします。ある意味完成された存在である友久や鬼李とは違い、影使いとしての能力それ自体を除けば、まだまだ不安定な人格なわけで。
逃亡していた、しかも完全に日常を断ち切れなかった野枝実が、守るべきもの、守るべき生活を見いだして、どのように変わっていくのか、そのあたりが楽しみです。
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