プレイエピソード『水を恐れぬ超改研』


目次


プレイエピソード『水を恐れぬ超改研』

プレイエピソードとして展開します。
  既にプレストーリー的に生成されていたエピソードなどをもとに、再構成していきます.

初期情報


舞台:
 吹利文化学術研究都市の伊吹駅近辺にある超能力改革研究所と、その周辺。

事件:
 謎の『水』を飲まされた宮部晃一の超能力が暴走、破壊行為に繋がる結果を
もたらす。

全体構想:
 霞ヶ池の活性化された水により、眠っている能力が発揮される。これにより
超能力改革研究所の防護機構だけではしばらく宮部晃一の能力を押さえきるこ
とができなくなる。

事実:
 水は霞ヶ池のもので、出入りの業者が持ち込んだもの。業者の背景組織は未
定だが、どちらかといえば霞ヶ池の存在を利用しようとする側。

情報:
 一部業者は危険人物としての宮部晃一の抹殺・拿捕を命じられると思われる。
この際、超能力者であることのみが明かされ、超能力改革研究所の実態につい
ては伝えられない。

第一シーン

偶然、暴走に出くわす。もしくは抹殺・拿捕の依頼がやってくるシーンについて、キャラクターの動機などから考えてみる。最初からエピソードになっていなくても問題ない。

プロローグ

(小説『影のなか、二人』より)
  「こども、かあ」
  白い、何の変哲もない建物。
  きっかけは何でもない。夜、晧晧と電気が点いていたから、その中の影を一つ呼び出しただけのことだ。
  何をやっているの、ときいたら、人体実験、と答えた。
  ……素直といえば、素直である。
  『気に食わない』
  鬼李の意見には、あたしもまあ賛成だ。こちらには関係ないことだから、放っておいてもいいかな、とも思ったけれど、鬼李が頑強に反対した。ましてその対象がどうやら子供だ、ときては。
  「さあて、どうしましょうね」
  取りあえず、今日は帰って寝る。鬼李もそれには反対しなかった。

プロローグ

水売りの男

セールスマン
「こんにちは、毎度お世話になっとります、宝貴社のもの ですが」
購買部渉外
「おや、○○さんはどうされました?」
セールスマン
「○○は昇進しました。まあ、そろそろ厚生省のほうにも 目をつけられていたようですから、表にまわしたほうが……ということでしょう。今後は私が御社を担当することになります、××です(名刺を出す)」

  #セールスマンを誰かのPCに置き換えたりすると、展開が面白いかも。
購買部渉外
「(受け取った名刺を他の名刺に混ぜててもとで遊ぶ) ふ む……既にお聞き及びのようですが、私が当研究所の購買部で、おもに渉外を担当させていただいております、村川です。本日の商品はなんでしょうか」

  #ちなみに、名刺で遊んでいるのはリーディングです。敵対意図があるなら、
  #うまく能力を使ってごまかすかしないと、そのうちばれます。
セールスマン
「活性化水です。とりあえず試供品がありましてね……こ いつです(霊的封印処置がなされた一升瓶を出す)」
購買部・村川
「水活性化装置を当社でも作製・販売していることはご存 じでしょうか?」
セールスマン
「むろんです。しかし、この活性化水は一般的な機械装置 によって得られたものとは活性化の度合が大きく異なります。普通の人間が念を凝らしているだけでも、擬似生体が誕生してしまう程なのです」
購買部・村川
「(驚いた声で) ほう……。取り合えずサンプルを置いて いってもらえないかな。こちらでも試験的に利用してみよう」
超能力改革研究所、ある一室にて……--------------------------------
  両手を組み、向き合って座る男二人。
  片方は白髪混じりの壮年の男。白衣を着込み、分厚いレポートを手に考え込んでいる。もう片方はまだ若い男、オールバックの髪に眼鏡をかけ、どことなく冷淡な印象を受ける。
  しばしの沈黙の後、壮年の男が重々しく口を開く。
壮年の男
「共鳴実験……本当に可能なのだろうな……」
若い男
「理論上可能です。……霞ヶ池の力は生命の根源の力。そ して、その力は水を象徴しています。水を触媒とし、被験者を介して、霞ヶ池のより深淵の力を引き出す。これが共鳴実験の目的です」
壮年の男
「……しかし、未だ解明できない霞ヶ池の力……被験者に はかなりの危険が伴うかもしれん……実験の被験体は君の息子と聞くが……」

  すこし遠慮がちにたずねる壮年の男。しかし、若い男は眉一つ動かさない。
若い男
「かまいません、そのために育て上げた実験体です。無論、 念のため遺伝子データのコピーもとってありますから、これ以後の実験にも何ら差し支えはありません」
壮年の男
「……そうか、君に異存がないのならばいい。それに応じ て今後の霞ヶ池解析調査の指揮は君に一存したいのだが、できるかね」
若い男
「はい、任せてください」

  無機質な部屋の中にて……超能力改革研究所は……水面下で動きはじめていた。

野枝実の部屋にて

野枝実
「しかしさ、鬼李、その子と話すか何かしたの?」
鬼李
「いや。ただ、狭いところに押し込められてて、喉に傷の 跡が残ってたから」
野枝実
「人体実験の対象と思った、と」
鬼李
「おかしいだろうか?」
野枝実
「ううん。ただ、あんな建物の中で、子供一人を相手にし て、どんな研究やってんのかな、と思ってさ」
鬼李
「?」

  野枝実、地図を出して広げる。
野枝実
「昨日のところ、ここなんだけど、一応医療研究所になっ てる」
鬼李
「辻褄は合うな」
野枝実
「でも何の? その子、頭に傷かなんかあった? それと も奇形?」
鬼李
「……いや」
野枝実
「そういう子ならば、人体実験、って言って分かるけど。 喉を潰して……で、それで何なんだろう」

  鬼李が、こくりと頭を傾げる。
鬼李
「もう一度行ってみて……あの子に聞いてみようか?」
野枝実
「そりゃいいけど、まさかあんた、見られてないでしょう ね」
鬼李
「そんなへまはしない。(胸を張る)」
野枝実
「ま、あんたが行ったらあたしも影を渡るの楽だし、帰る のも問題無いし。じゃ、後でもう一回あの中の影に聞てみてから行ってみようか」

超能力改革研究所保安課

スーツの男
「なに、侵入者だと?」
白衣の男
「ええ、おそらく。これを見てください。被検体の居住室 の音圧分布の解析ですが、音像が消失している部分があります。これは不可視の。生体反応も観測されていないので、被検体の無意識のサイコキネシスによる大気密度の操作ということも考えられますが……」
スーツの男
「これまでにそのような観測結果は無かったのだから、侵 入者と考えたほうが良かろう。防護フィールドの擾乱は計測されていないのだから、物理侵入ならバクテリア並みのサイズということになるな……こんどもバンパイア・ミストか……?」
白衣の男
「かも知れません。だとすると、今回は対策があります。 人工サイコキノのめどもつきましたし、あのときのデータから対吸血鬼用の兵器も準備されています。いざとなれば被検体の能力を誘導することで対処できるでしょう」
スーツの男
「よろしい。今後一週間は警戒体制を一ランクあげておく ように」

侵入第一回

いつものように殺風景な部屋にたたずむ晃一。
  ふと見上げた天井の隅に、黒い影のようなしみを見つける。

晃一
『……しみ? ……あんな所に…… さっきはなかったは ず……なのに……?』
  不信気に天井のしみを見つめる晃一。その時、天井の黒いしみが……ゆっくりと動きだした。
晃一
『!』

  じわじわとにじむように動く黒い影のようなしみ……いつしか壁を這い床にたどり着く。そして……だんだん晃一のいるベッドの方へ近づいてくる。
晃一
『……何……なに……なに……これ……』

  シーツを抱きかかえ後じさる、冷たい壁に背中があたる……。
  うすべったい影は、ベッドのすぐ側まで近づくと、 次第に凝り固まっていく……そして、それはゆっくりともりあがっていき、形を作っていく……。
  小さな丸い体、とんがった耳が二つ、ふさふさとしたしっぽ……
晃一
『……ね……こ?』

  ……ねこ……
  図鑑や本で見た事がある。でも本当に本物の『ねこ』は見たことがない。
  なのに……不思議とはっきり認識できる。……『ねこ』……でも……どうして?
鬼李
「さて、たどり着いた……」
晃一
『……(怯えの表情)』
鬼李
「うーむ……怯えないでくれ……と言ってもこの状況では 無理だな……しかし……この部屋……」

  鬼李、部屋を見回して顔をしかめる。
鬼李
「布団はせんべいの堅焼きになってるし、部屋は殺風景。 よくこんなとこに人を閉じ込めとくものだ。(怒)」
晃一
『……?』
鬼李
「野枝実の部屋もいい加減ひどいが、あれよりよほど酷い」

  突然、影から白い手が伸びて、鬼李の頭をこつんと叩く。
野枝実
「……聞こえてんだけど」

  影の中から、野枝実の体が出てくる。
晃一
『!?』
鬼李
「こら、やめんか野枝実! 怯えているだろう……」
野枝実
「あんたにそのまま返すわよ、そのセリフ!」
晃一
『……あの……』
鬼李
「歩み寄りの姿勢というものがないぞ」
野枝実
「そういうへりくだりの精神は好きじゃないの」
晃一
『……あのぅ……』
鬼李
「! ……なんだ、今の声は? ……この子……か?」
野枝実
「これって、テレパシーって奴? この子……超能力者?」
晃一
『……あの……君は……誰? ……』
鬼李
「私は鬼李という。影猫だ」
晃一
『かげねこ?』

  猫も見たことの無い晃一が、影猫を知っているわけが無い。
野枝実
「化け猫って言った方が、とおりが良くない?」
鬼李
「やかましい。で、そういう君の名前は?」
晃一
『宮部 晃一……』
鬼李
「では晃一、訊きたいことがある。……君はここで何をし ている?」
晃一
『え……?』

  これは鬼李の聞き方が悪い。
野枝実
「あんたね、それじゃ答えられないわよこの子。ここで何 をされてるの?」
晃一
『テスト、って……みんな言うけど』
鬼李
「それは、楽しいか?」
晃一
『楽しい……?』

  痛み、苦しみ、寂しさ、その他、かれの語彙では表しきれないたくさんの思いが吹き出してくる。
  晃一の瞼がふくれ、そのままぽろぽろと大粒の涙をこぼしはじめた。
鬼李
「あ……(困惑)」
野枝実
「……泣かした(ぼそっ)」
鬼李
「の、野枝実ぃ(焦りまくり)」
野枝実
「知るか(きっぱし)」

  ひたすら慌ててなだめようとする鬼李。
鬼李
「えーあー、その……悪かった。頼む、泣かないでくれ」
晃一
『……(涙をぬぐいつつ、うなずく)』
野枝実
「とにかく、楽しいものではないわけね」
晃一
『……うん(小さくうなずく)』
鬼李
「そうか(辛かったのだろうな……)」
晃一
『……あの……』
鬼李
「ん? なんだ」
晃一
『……あの……どこ……から……きたの……どうやって…… ここにきたの?』
野枝実
「外の通りからよ。どうやって来たかは、話すと長くなる から省く」
晃一
『……そとのとおり? ……省く? ……』
鬼李
「もう少し、子供に理解しやすい説明はできんのか」
野枝実
「じゃあ、事細かに説明すればいいの」
鬼李
「確かに、そう言われると説明のしようがないな」
晃一
『……そと? ……そとって?』
鬼李
「外って……外だが?」
野枝実
「……外を、知らないの?」
晃一
『うん(こっくり)』
野枝実
「もしかして、ここから出たことが、無い?」
晃一
『ここから……出る? ……って?』

  一瞬の沈黙。
  次の瞬間、野枝実の拳が壁をぶったたく。
晃一
『!?』
鬼李
「野枝実っ!」

  わたわた、と慌てる2人を思い切り無視した格好で。
野枝実
「……そういうのって、あたし、死ぬほど嫌いなのよね」
鬼李
「だからって、あんたなあ……」
野枝実
「ごちゃごちゃ横で言ってんじゃない! いい、晃一少年、 単刀直入に訊く。あんたここから外に出たい?」
晃一
『え……?』
鬼李
「単刀直入、なんてものかそれが」
野枝実
「うるさいっての。そもそもそれを尋ねにここに来たんで しょうが」
鬼李
「……そうだったっけ?」
野枝実
「(完璧無視)どう? 何だか知らないけど、ここで苦しい 目にあってんでしょ? 終わりにしたくない?」
晃一
『え……でも』

  はっと、鬼李が顔を上げた。
鬼李
「誰か、来る!」

超能力改革研究所保安課

白衣の男1
「被験者の居住室に侵入者です!」
白衣の男2
「何! 今どこにいる?」
白衣の男1
「居住室内に……でもおかしいですよ。防護フィールドは やはり何の反応も示していません」
白衣の男2
「強力な幻覚の投影ということは?」
白衣の男
「ありえません。生体反応を確認しました」
白衣の男2
「何者だ、一体?」
白衣の男
「若い女と……猫です」
白衣の男2
「……猫?」
白衣の男1 :「どうやって侵入したんだ……各警備機構に何の反応もな
いのに」
白衣の男2
「とにかく被験者回収が最優先だ! 特殊警備配置!」
白衣の男1
「できれば、侵入者は捕獲しろ」

  その時、バタンと扉を開け、白衣を着込み長い髪をなびかせた女性が入ってくる。
宮部祥子
「どうしたの、なにが起きているの」
白衣の男1
「宮部女史!」
白衣の男2
「被験者の居住区になにものかが侵入したと思われます!」
宮部祥子
「居住区に……晃一に何か?」
白衣の男1
「いえ、生命反応に異常は見られません。今、特殊警備を 向かわせます」
宮部祥子
「……晃一……(ぎゅっと手と握り締める)」

再び、晃一の部屋

野枝実
「誰かって、……ま、いいや。とにかく、一旦帰ろっか」
晃一
『帰る……行っちゃうの?』
野枝実
「行くんじゃなくて、あたしらは帰るの。まあ、考えとい てよ、少年!」

  言うなり、野枝実の体が、自分の足もとの影へと滑り込んだ。
鬼李
「せっかちというか、考えなしというか……」

  呆れたように言いながらも、やはり影の中に滑り込みかけて。
鬼李
「びっくりさせて悪かったね。次は、もう少し脅かさない ように来るから」

  ぺろ、と晃一の右手をなめると、その手の影へと吸い込まれるように消えてゆく。と同時に、扉が勢いよく開いた。
  ドアを開け、駆け込んでくる警備員二人。
警備員A
「誰かいるのか!」
警備員B
「なに? 侵入者がいない」
警備員A
「馬鹿な、生命反応は確かに……あったはず」

  唖然とする警備員に続き、宮部祥子が部屋に駆け込んでくる。
祥子
「晃一……大丈夫だった?」
晃一
『……おかあさん』
警備員A
「宮部女史、彼になにか……」
祥子
「わかってるわ……晃一、さっきまで何かあったの?」
晃一
『……』
祥子
「どうしたの? 大丈夫よ……おかあさんがいるでしょう」
晃一
『……いなかった……』
祥子
「いなかった?」
晃一
『……だれも……いなかったよ……』
祥子
「誰もいなかった?」
警備員A
「そんな馬鹿な」
祥子
「(警備員を手で制して)本当なのね、晃一」
晃一
『……うん……』
警備員B
「まさか、不可視の能力を持っていた?」
祥子
「わからないわ、とにかく今までの侵入経路の調査、およ び各種センサー・防護フィールドの再チェックが必要ね」
警備員A
「はい、すぐに調査します」
晃一
『……』
祥子
「ごめんなさいね晃一、起こしてしまって……」
晃一
『……うん……』
祥子
「もう起こしたりしないわ……おやすみなさい晃一(額に キス)」

  そして、部屋から出ていく警備員と祥子。
  薄暗い部屋の中でベッドに座る晃一。
晃一
『……はじめて……おかあさんにウソをついた……』

  ベッドに転がる。今晩は……いろいろな事があった。
晃一
『……なんで、怒ったんだろう……お姉さん……
……そと……がわからなかったから? ……
……ぼくが……なにもしらなかったから? 
……なんでだろうってなんだろう……
……お姉さん……かんがえておいてっていってた……』

  こうしてみると、今まで自分で進んで何かを考えた事はほとんどなかった。
晃一
『……そと……そとって……どんなとこなの……かな……』

  手を擦りあわせる、さっき鬼李がなめた手。
  猫を見た事。
  お姉さんを怒らせてしまった事。
  『そと』の世界があること。
  自分でなにかを考えた事。
  おかあさんにウソをついた事。
  何もかもはじめての事ばかりだった……

影を伝って戻った、野枝実の部屋で

鬼李
「先刻の言い方は、かなり酷いぞ」
野枝実
「……何がよ」
鬼李
「何が、じゃない。あの子が我々の話を理解できないのは、 あの子の所為じゃない。それを要を得ないからって怒鳴るか、普通?」
野枝実
「……鬼李。あたしのとこに、もうどれくらい居候してん の」
鬼李
「……えっと」
野枝実
「まともに答えんでいいっ! ったく、もう……あたしが 何で切れたと思ってんの」
鬼李
「何か、間違えてたか?」
野枝実
「大間違い! あの子がとろくさ喋ろうが、理解できなか ろうが、あそこまで行ったんだから最後まで聞く気はあったわよ。……ただ」

  す、と持ち上げた拳を、古アパートの壁に撃ちつける。
  鈍い音が響いた。
野枝実
「ああいうね、選択肢の無い環境に、腹が立っただけ」

  動きの割に、野枝実の声は穏やかだった。
野枝実
「正直さ、少年一人助けて、あんたが満足するならそれは それでいいと思ったのよね」
鬼李
「うん」
野枝実
「だけどさ、先刻は、真剣腹が立った」
鬼李
「うん」
野枝実
「自由って、多分、選択肢が二本以上あるってことだと思 う。でもあの子、生まれて今まで選択肢なんてあった試しが無いのかもしれない」
鬼李
「……うん」
野枝実
「そういうのは、厭だ。そういう環境も、そんなところに
居て、嫌がることさえ知らない子供を見てるのも、厭だ」
鬼李
「……あの子は、逃げたがらないかもしれないぞ」
野枝実
「取りあえず、ああいう環境で子供育てた莫迦どもに思い 知らせてやれたら良しとする」

  にっと笑った野枝実の手を、鬼李が一度なめた。

再び、超能力改革研究所へ

再度潜入

色々と、調べてみようとした。分かったことは、分からなくても大差無いことばかりだった。本当のことなんて、どうせ見なければ分からない。

野枝実
「じゃ、行こうか」
鬼李
「ああ」

  声と同時に、するり、と二人の体が影に沈む。行き先は、少年のいる建物の塀の外。一度行ったところに行くのは、大して難しくはない。
野枝実
「で、晃一少年のいるとこは、と」

  口の中で呟くと、野枝実は手を一振りし、同時に何かをつかむ仕種をした。返す手の中には、影があった。
鬼李
「どこから取ってきた」
野枝実
「一階、守衛室」

  正確な位置がわかっており、距離がさほど離れていない場合、見当をつけるだけで影を奪うことが可能である。まあ、時には空振りで、椅子の影だけをつかむこともあるのだが、今回は上手く行ったようだ。
野枝実
「晃一少年はどこにいる?」
「地下二階。特別研究ラボ」
鬼李
「この前行ったところとは違うようだな……何の為に?」

  鬼李の目が、金色に光る。その光に引き付けられるように、影は近づいてきた。
「特別研究の為……水だ、水。水売りの……一升瓶」
野枝実
「一升瓶?」

  影の記憶は限られている。せいぜいが、本体から奪われた時より数分溯ったところまでしか記憶が戻らない。その記憶を最大限溯らせるのは鬼李の役目である。しかしこの場合、どちらにしろ意味が通らない。
鬼李
「次の影を取ってみたらどうだ?」
野枝実
「じゃ、解放する前に聞くけど、実験の責任者ってどこに いるの?」
「地下一階。準備室」
野枝実
「鬼李、イメージ、読める?」
鬼李
「やってみよう」

  うっすらとこびりつく映像を読み取り、それを野枝実に伝える。影が苦しげに身を捩った。
鬼李
「わかるか?」
野枝実
「読めた」

  ざっと腕を振り、影を捕らえる。と同時に、今までの影ははらはらと散っていった。
野枝実
「名前は?」
「宮部晃介」

  眼鏡をかけているらしい。頭部に奇妙なぶれがある。
野枝実
「今、何をしてるの?」
「実験の準備を」
野枝実
「何の実験?」
「共鳴実験」

  声の冷たさは、本体の特徴でもあるのだろう。
鬼李
「もう少し、詳しく言って欲しいな」
「霞が池の力を被験者を介し、水を触媒として引き出す」

  二人は顔を見合わせた。
鬼李
「被験者、とは、晃一少年のことか?」
「そうだ」
野枝実
「危険はないの?」
「危険は計算され……破棄……可能……」

  数分の壁にぶつかったらしい。
野枝実
「要は、研究内容については必死に考えてるけど、危険に ついては大して考えてもいない、と」

  影は沈黙している。答えられない、というより、答える必要がある、と思ってもいないようだった。
鬼李
「……取りあえず、行くか」
野枝実
「行ってから考えよっか……と、その前にこの影」

  野枝実は小首を傾げた。
野枝実
「みやべ、こうすけ、か。晃一少年とどんな関係?」
「私の息子だ」

  さらさら、と答えが返る。対照的に、二人の表情が引きつった。
鬼李
「……ほう」
野枝実
「それはそれは」

  はき捨てるような声に、野枝実の手が続く。すっぱりと胴中で切られて、影は呻き声を出した。
野枝実
「安心しな。本体はもう少しひどい目に会わせるから」

  その声を合図に、影は四散した。

同じく、侵入者

一方その頃、同時刻、研究所近くの草むらにて

友久
「愛想のない建物だな」

  白く飾りの無い塀、まったく同じ雰囲気の建物。ひっそりと静まりかえっている。
  草むらに潜みあたりの様子を伺う、軽めの戦闘服に身を包んだ短い黒髪の男。建物を見据え、侵入のチャンスをうかがっている。その両目は不自然な青い瞳をしていた。
友久
「……嵐の前の静けさって奴だな……」

  軽く集中し、建物に走り寄る。両方の青目が一瞬鋭く光り、すっ……と狙いをつけた空調機器の数ミリの隙間に空間を歪め「忍び」込む。
友久
「埃っぽいのが難点か、さて……」

  狭い空間を進む友久。改めて任務の概略を回想する……
  (回想)
「友久、聞こえているな、これより任務を与える」
友久
「はい」
「君に、とある超能力研究所の調査と実験妨害をおこなっ てもらいたい」
友久
「とある研究所……霞ヶ池……に関わるもの……」
「さすが、カンがいいな。現在、霞ヶ池の力に干渉し、力 を利用した生体実験をおこなおうとしているという情報を入手した……」
友久
「その情報の真偽の調査……と、もし事実の場合は実験の 妨害って奴、か」
「そうだ、違法実験体の存在も……危険性は高い」
友久
「実験体とは?」
「確定できていない、しかし。今後、脅威となるものであ れば抹殺も否めない」

  抹殺、という言葉に眉をぴくんと反応させる友久。
友久
「……自分自身で処分が必要と判断したら、だな」
「……相変わらずだな、まあいい。目的を果たせればいい」
友久
「了解しました、任務に就きます」
  (回想終了)
友久
「よっ……と」

  すいっ……と空調のフィルターの狭い空間から飛び降りる。どこかの部屋、明かりも消されている。
友久
「さて、お邪魔虫参上ってとこだな……」

  小さくつぶやき、にやりと人の悪い嗤いを浮かべる……。

再会

鬼李
「では、まず晃一少年のところに行くか」

  幾重にも施されている筈の警備など、気にも止めない発言である。
野枝実
「じゃ、鬼李、行ってよ。人がいないようだったら呼んで」
鬼李
「分かった」

  途端に黒猫の体が影に沈む。数分の後、たぷん、と、影の上に細波が立った。そして野枝実が飲み込まれた。
  特別研究室。数人の研究者が忙しげに動き回っている。その真ん中に、手術用のベッドが一つ。
  ベッドの足元の影に、ふと、金色の目が現れ、ぱちぱちと瞬きした。
晃一
『……?』
何かの気配に、ベッドの上に座っていた晃一は身じろぎをし、そのまま下を見やった。金色の目が、こちらを見かえした。
晃一
『!?』
鬼李
『静かに!』

  少し笑いを含んだ声が、頭の中に響く。
晃一
『鬼李? だよね?』
鬼李
『そうだよ。少し待っておくれ』

  ベッドの下の影から、晃一の周りのシーツの間の影へと『渡る』。
鬼李
『また、脅かしたかな?』
晃一
『……ううん』
鬼李
『これからここで、何があるのか知ってるのかい?』
晃一
『じっけん……だって』

  ある程度の手筈が整ったのか、研究者達は揃って部屋を出ていった。打ち合わせでもするのだろうか。
鬼李
「さて」

  と、鬼李の体が影から浮き出してくる。同時にベッドの下の影から、白い手が突き出された。
野枝実
「さて、と……何でここ、人がいないの?」
鬼李
「今出てったとこだ」
野枝実
「最終の打ち合わせ、ってとこか」

  肩を竦めると、野枝実は、きょとんとしている晃一の視線に合わせるようにしゃがみこんだ。
野枝実
「で、少年。少しは考えた?」
晃一
『え……』

  外に出たくないか、と、聞かれたのだった。
  考えなかった訳ではない。いやむしろ、考え続けた、と言っていい。ただ、答えは出ていない。
野枝実
「ま、いいや。……ねえ、今からの実験のこと、何か知っ てる?」
晃一
『……ううん』

  やっぱりなあ、とばかりに、二人は顔を見合わせた。
鬼李
「丁度最終の打ち合わせ、なんだろう? 私が行って聞い てくるよ」
野枝実
「ん。頼むわ」
鬼李
「その間、晃一少年をいじめないようにな」
野枝実
「……誰がだ」

  笑いの小波を残して、鬼李はまた、影の中に消えた。

資料室にて

明かりの消えた部屋にて。パソコンのうなるような音、キーボードをたたく音、書類を探る音が聞こえて来る。

友久
「共鳴実験……か、もう少し探りを入れてみる必要がある な」

  重要そうな書類をかき集め、パソコンのデータを吸い上げる友久。
友久
「少々整理がいるな、……くそ、肝心の実験の概要が見つ からんそろそろ……ばれそうだな」

  舌打ちをして、再びハッキングを続ける友久。汗が額を伝う……

実験室の会話

鬼李
「どこら辺かな」

  二次元の影と化して床を這ううちに、白衣の男達を見つけ、その影に入り込む。後ろに引く影に、細い金の目が浮かび上がっていることには、男達は気付かなかった。あわただしく移動し、何の変哲もなさそうな扉を開く。
  鬼李は、扉のところで一旦男達の影から離れ、改めて、部屋の中の机の影へと渡った。
白衣の男
「遅くなりまして、申し訳ありません」
宮部博士
「被験者の状態は?」
白衣の男
「良好です。心身とも安定しています」
宮部博士
「今回はプローブを前頭葉、側頭葉に打ち込む。極度の緊 張状態に対し、あれがどれほどもつか分からないが、この実験に対しては使わないわけにもいかない。水を飲ませるまでは充分に精神の安定を保つように。勿論、頭部固定もする必要があるだろう」
白衣の男1
「それについては、問題ありません」
鬼李
『ぷろーぶ? 頭部固定?』
白衣の男2
「被験者、及び実験者の安全の為に、被験者の意識下に幾 つかの暗示を用意してありますが」
宮部博士
「それを使わずに済ませたいものだと思っているが。何と いっても貴重な実験体ではあるからな」

  そこまで聞いて、鬼李はすい、と影の中に潜った。
  一方、晃一と、野枝実は。
晃一
『……あの』
野枝実
「なに」

  第一印象がかなりおっかないお姉さんだった筈である。少しはその印象を変える努力をすればいいのだが、そこら辺の配慮とかいうものは、野枝実には、無い。
晃一
『あの、何で』
野枝実
「ん?」
晃一
『来て、くれたの?』
野枝実
「また来るって言ったでしょうが」

  困ったように、晃一が黙る。無表情のままそれを見やりつつ、実は野枝実もかなり困っていた。
  自分たちが来た動機を、この子供にどう説明すればいいのか。
野枝実
「あの、ね」
晃一
『え?』
野枝実
「あんたは外を知らないよね」
晃一
『……(頷く)』
野枝実
「知らないのに、それが好きかどうかは分からない、で しょう」
晃一
『うん』
野枝実
「あたしはね、自分がそうやって知らないままでいるのが 凄く厭だ、と思う人間なのよ。だから、あんたも厭だと思うんじゃないか、と思っただけ」

  素直に「助けたかったから」といえば済みそうなものだが、そこら辺は要求するだけ無駄である。
晃一
『……うん』

  何となく、元気のない声に、野枝実は晃一の方を見やった。
野枝実
「何」
晃一
『あのね』

  言いかけた矢先に
鬼李
「野枝実!」

  黒猫が、ベッドの下から飛び出した。
野枝実
「どうだった?」
鬼李
「ぷろーぶって、何だ?」
野枝実
「ぷろーぶ?」
鬼李
「それを前頭葉と側頭葉に使う、と言っていた。頭部を固 定する、とも。……一体何なんだ?」

  ぷろーぶ。probe.さぐり針。
野枝実
「っ!」

  頭部を固定して使う、ということは。表情の変わった野枝実を鬼李は鋭い目で見やった。
鬼李
「逃がすか?」
野枝実
「急ごう」
晃一
『? ……どこに、行っちゃうの?』
野枝実
「少年、説明は後」
鬼李
「野枝実、ここ開けてくれ」

  言いながら、待つのももどかしげに鬼李がドアに近づく。三次元化した前足がドアに触れるか触れないか、というところで。
SE
ジリリリリリ……
鬼李
「!」
野枝実
「まずい!」

  いつも扉に頼らず逃げるのが当たり前である。加えてかなりの焦りが鬼李にも野枝実にもあった。
  にしても、失策では、ある。
  複数の足音が近づく。野枝実が、自らの足元の影に滑り込む。鬼李がそれに続きかけて、はっとしたように足を止めた。
野枝実
「鬼李、一旦引けってば!」
鬼李
「今引いたら、裏切りだろうが!」
野枝実
「だからって、ここで捕まるわけにはいかないでしょうが!」

  声を押し殺して言い合う二人を黙ってみていた晃一が、ぽつり、とその時口を開いた。
晃一
『……行っちゃうの……』

  思わず引き返しかけた鬼李の後足を、野枝実がぐい、と引っ張る。
鬼李
「すぐ来る、必ずな。約束する!」
晃一
『……約束……約束だね……また……来てくれるよね……』
野枝実
「鬼李! 人が来る!」

  扉が開くと殆ど同時に、二人は影の中に消えた。

資料室にて

一方、同じく建物に侵入し、調査をおこなっていた友久。突然鳴り響く非常ベルの音に気付く。

友久
「非常ベル! もしや……気付かれた!?」

  ぎゅっと表情を引き締めて、息をひそめる。ばたばたと警備の足音が響く……慎重にあたりを見回し、一息つく。
友久
「俺が……発見されたわけじゃない? ……か。しかし…… これは、しばらく……うかつに動けんな」

  コンピュータから引き出したデータ、見取り図を手早く「縮小」し、懐にしまう。
友久
「もうちょっと、調べときたかったが……」

  もう一度慎重に周りの気配をうかがう。散らばった書類をまとめ、体裁を整える。
友久
「俺の他にも先客がいたらしいな……。とんだとばっちり くったぜ……」

  しゅっ……隙間に身を潜め、進む。

実験準備

研究員
「晃一君」

  あわただしく駆け込んできたのは、研究員の男と晃一の母、宮部祥子。
晃一
『……お母さん……』
宮部祥子
「晃一、よかったわ……無事で。また、何かあったの?」

  そっと晃一を抱きしめる母、ほのかに甘い香りがする。
晃一
『……前と……同じ……誰もいなかった……』

  また……母に嘘をついた……。
宮部祥子
「そうなの……わかったわ、もう何も言わなくてもいいの よ……」
研究員
「また、以前と同じですね……フィールドは反応している のに……姿をあらわしていない……」
宮部祥子
「ええ……でも、何のために……」
研究員
「やはり、共鳴実験の妨害が目的でしょうか……」
宮部祥子
「……ここに一人でいるのは良くないわね」
研究員
「少々時間は早いですが、第一実験室に移動させますか?」
宮部祥子
「ええ……そうね……。その方がいいわ。……晃一、少し 待っててねすぐに、部屋を移すわ」
晃一
『……じっけん……なの?』

  目の奥にかすかに怯えの色を浮かべ、母に不安を訴える……一瞬、祥子の顔に苦悩の表情が浮かぶ……
宮部祥子
「晃一……怖い事なんかないのよ、お母さんがついている でしょう」

  晃一の視線を避けるように、必死に平静を取り繕いつつ……絞り出すように言葉をつむぎ出す。
  オカアサンガツイテイル……晃一の頭の中をぐるぐるとめぐる言葉……
  オカアサンガ、ツイテイルカラ、ダイジョウブ……
  オカアサンガ……ツイテルカラ……
  急にさっきまでの怯えの表情が消え、感情が薄れていく……瞳に生気がなくなり……機械のように母の言葉を繰り返す。
晃一
『お母さんが……ついているから……だいじょうぶ……』
宮部祥子
「ね……大丈夫でしょう……」
晃一
『……うん……』

  その答えは、無機質な感情のない声だった……

とある物置にて

狭い、物置とおぼしき一室

友久
「さて……ここらへんなら……安全か」

  空調の隙間を進み、一息つこうとする友久。
野枝実
「ここらで、一旦策を練ったがいいわね」
鬼李
「そうだな」

  同じく、影の中を行く野枝実。
  そして、すぅ……っと影が浮き上がり人の姿を作る……と、まったく同時に、天井の空調の狭い隙間から人がしゅるっと拡大しがら降りて来る。お互いの目の前で、である。
野枝実
「なっ!」
友久
「なんだ!」
鬼李
「一体……」

  二人共、目の前で起きたあまりの事に声も出なくなってしまう。しかし、いち早く正気にかえったのは野枝実だった。
野枝実
「なっ何者よ、あんた。いきなり湧いて出て!」
友久
「その表現はそっちの方があってないか? ……ひょっと して、あんたが見つかった先客か?」
野枝実
「なによ、悪い? ……ってことは、あんたも」
友久
「ま、ちっとばかし用があってね……しかし……」

  すっと青い目を細め、野枝実を見据える友久。
友久
「あんたこそ……何者だよ」

  険しい声で問い掛けて来る。
野枝実
「答える義理はないな」

  言いつつわずかに重心をずらし、次の瞬間に備える。
野枝実
「そっちこそ何が目的?」
鬼李
「こら待て、野枝実」

  間に割って入った黒猫は、友久を見上げた。
鬼李
「敵の敵は味方ともいうしな。私は鬼李。ここにはある人 を助けに来た。で、あんたは?」

  落ち着いた声と、その内容に、友久は少し肩を落とした。
友久
「上からの命令でな。実験妨害と、その違法実験体の捕獲、 もしくは」

  息を呑む音が、鬼李の喉から漏れた。
友久
「必要であれば抹殺」

  一瞬の沈黙。次の瞬間、雪崩のような勢いで、その均衡は崩れた。
友久
「!」

  野枝実が右手を振る。と同時に、天井に張り巡らされている鉄パイプの影が実体化し、友久の上に降りかかって来た。とっさに空間を歪め、パイプの落下を自分からそらす。
友久
「お前らっ……」

  きっと友久を見据える野枝実。
野枝実
「あんたも、あの子を実験に使ってやろうって口? (きゅっ と眉根をよせる)」
友久
「(怪訝そうに) あの子? ……とにかく実験体は捕捉の 指令がでてるんでね、邪魔される気はない」
鬼李
「(毛を逆立てる) それが事情なら、好きにはさせない……」
友久
「あんたらの目的は知らんが……こっちとしても、はいそー ですかと引き下がれんのでね」

  小さく構え、澄んだ青い両目で二人の動きをうかがう友久。
友久
「ま、女いたぶる趣味ないもんでね、手荒な真似はしねえ よ」
野枝実
「その言葉、いつまでもつかしらね」

  同時に、すっ……と鬼李が影に消える。
友久
「消えた? ……影かっ」

  飛びすさる。一瞬、友久のいた空間を爪が薙ぐ。
鬼李
「あの子は……あの子には指一本触れさせない」

  すかさず、中間距離で間合いを取る野枝実。
友久
「二人掛かりかよ……少々、てこずりそうだな」
野枝実
「てこずる程度ですめば御の字よ」
友久
「心しとくぜ」

  青い瞳が一瞬ゆらめく、周囲の空間を歪め一瞬姿が消える。
野枝実
「っ……!」

  とっさに影を操り、周囲を防護する……と同時に衝撃がはしる。何とか影で衝撃を吸収したらしい。影がぼろぼろと崩れる。
友久
「おー、いてぇ。結構頑丈じゃねえか」

  しびれた腕を振り、わざとらしくぼやく。しかし……目は完全に本気だ。
野枝実
「なめてもらっちゃ困るわよ。もっと本気でくれば?」

  挑発的な言葉に、しかし、友久眉ひとつ動かさない。じりじりと……間合いを詰めていく。
友久
「ほお、わかった。そうさせてもらう」
野枝実
「簡単には、やられないわよ」
友久
「お互い様だね。こちとら、往生際の悪さしか特技がない もんで」
野枝実
「言うじゃない」

  にやり……と、危険な笑みを浮かべる。
  と、野枝実の姿が自分の影の中に滑り込む。次の瞬間彼女は友久の背後の影から現れた。
友久
「お……っと」

  拳を受け流し、反対に二の腕を押え込む。
野枝実
「……っ」

  と、捕まえられた手の間の影から、黒猫が飛び出し、爪を振るった。緩んだ手を振り切り、野枝実は数歩、あとずさった。
野枝実
「どもね、鬼李」
鬼李
「……力で適うとでも思ってたのか?」
野枝実
「だと、いいな、とは思ったけど」
鬼李
「無謀と莫迦は、時期を選べ」
野枝実
「そうする」

  早口の掛け合いに重なるように、野枝実の腕が動いた。途端に、三次元と化した影達が現れる。
鬼李
「足りないな」
野枝実
「取りあえず。……ここに人いないし」

  相手の力量は、互角かそれ以上。
  今呼びつけた影では、足止めが精一杯だろう。
野枝実
「さて、どうするかな」
鬼李
「援軍はいるぞ。……足元に」

実験開始

冷たい白い部屋。
  ベッドの上から立ち並ぶ機械が見える。白衣の研究員達があちらこちらで難しい言葉で話をしている。

晃一
『……おかあさん……』

  脳裏に浮かぶ名前、助けてくれない人の名前。意識そのものが曇りガラスの向こうにあるような……無機質な言葉。
  ベッドに備え付けられた金具、機械。固定され、動かすこともできない頭、腕。体のあちこちから伸びたコード、不気味な音を上げるコンピュータ。喉に通されたチューブの異物感。
晃一
『……』
研究員1
「実験準備、整ってます」
宮部博士
「状態は?」
研究員2
「安定しています、異常は見られません」
宮部博士
「よし……例のものを」
研究員1
「はい」

  うつろに開いた目、固定され動けない身体。チューブを通し、喉の奥へと注がれていくのは……水。
  ただの水ではない。生命の根元の力を秘めた……『霞ヶ池』の水。
研究員1
「注入完了です」
研究員2
「共鳴反応計測開始します」
宮部博士
「よし……反応が現れ次第、随時本部と調査部にデータ転 送、即座に分析を開始」
研究員3
「通信状況以上ありません」
宮部博士
「霞ヶ池……その力……見せてもらおう」
晃一
『う……』

  ゆっくりと晃一の意識が遠のいていく……
  夢……広がる夢……混濁した意識の中……晃一は夢を見ていた。
  もやもやと霧が包むような不思議な夢。打ち寄せる水面……澄みきったあたたかい水……水の中にいる晃一。
晃一
『ここは……どこ?』

  水が渦巻いている……チカラが満ちている……体が熱い……
  水から体中に流れ込んでくるチカラ……体から溢れかえるようなチカラ……
晃一
『……たす……け……て……』

  周りじゅうから流れ込んでくるチカラ……体がはじけそうになる。
  必死に両手をのばし助けを求める……が、のばした両手は虚しく水をかくだけ……
晃一
『……苦しいよ……』

  苦痛に顔を歪める晃一。しかし体は固定され動けない。もがく晃一を冷徹な目で見下ろしながら、無感情な声が響く……
研究員1
「フィールド感知、分析中。おそらく霞ヶ池に関わる力と 思われます」
研究員2
「被験体、若干意識の混濁が見られます、共鳴反応の影響 かと思われます」
宮部祥子
「晃一……」
宮部博士
「かまわん、続けろ」
研究員2
「精神波に異常があります。感情起伏値も異常数値を記録 しています」
研究員3
「危険です、このままでは……被験体の精神許容量をオー バーする恐れがあります」
宮部博士
「まだだ」

  研究員たちの言葉を遮り、続行を命じる、突き刺さるような冷徹な声。晃一の中で何かがはじけた。
晃一
『う……あ……あああああああああっ』

  声にならない絶叫、晃一の意識は完全に途切れた。

影と瞳と

野枝実
「なるほどね」

  すっと腕を振る。ゆらり……と友久の足元が揺らぐ、黒い影が浮かび上がり人の形を取る。
友久
「なに!?」

  ……予想以上に手強い相手だ。一人ならまだうまく渡り合えたかもしれない……が。相手はもう一匹いる、分が悪い
野枝実
「行け」

  ぽつりと呟く。と、影が実体化し、本体へと向き直った。
鬼李
「能力はどれくらい実体化した?」
野枝実
「かなり本体に近づけた」
鬼李
「もつか?」
野枝実
「(苦笑)さあね。もたせられるうちに行って」
鬼李
「わかった」

  鬼李の体が野枝実の影に飛び込みかけた時、
友久
「行かせるか」

  青い目が鈍く光る。鬼李の体が、ありえぬ方向に横滑りした。
野枝実
「畜生っ!」

  鬼李と影の間の空間を捻じ曲げた一瞬の隙をついて、影が本体を捕らえる。
友久
「(せりふおねがいしますっ)」

  不意に、影の胴体部分が歪んだ。
野枝実
「なっ!」
鬼李
「あの空間だけを歪めたな……やり返せるか?」
野枝実
「どうだろ」

  影に意識を集中する。本体から分離した際、影が記憶している能力を引き出し、影自身に使わせる。鏡のように。けれども鏡は、本体ではない。
野枝実
「無理……っ」

  空間ごと影が砕かれる寸前に、影は流れるように友久の足元へ舞い戻った。
友久
「本体が影に負けたら、恥だろうが」
野枝実
「……じゃ、負けてもらおうか」

  ポケットからペンライトを取り出し、ぽん、と放る。足元にやや淡いものの、もう一つの影が出来たことを確認してから
野枝実
「行け」

  二つの影が立ち上がる。
野枝実
「取りあえず、足止めは出来る、と思う」
鬼李
「可能、か?」

  一瞬の躊躇が、返答に先立った。
野枝実
「……分からない」

  空間が三次元化した影を捕らえた。捕らえられた影は二次元へと戻り、友久の足元へと戻る。そしてまた三次元へ。これは消耗戦である。長引けば体力の差が結果となる。
野枝実
「……鬼李」
鬼李
「え?」
野枝実
「無茶、考えついた。乗る?」
鬼李
「……仕方ないな」

  野枝実の考えを読み取り、鬼李が溜息をついた。
  野枝実が右手をぐるっと廻す。と、周囲の影がぼろぼろと剥がれ落ち、一瞬二人組の姿を完全に隠した。
友久
「あいつらっ」

  空間が彼らを囲い込むように曲がる。三次元化した影は、その間できしむように砕けていった。と、背後から気配が実体化した。
友久
「(せりふおねがいします)」

  伸びて来た手を躱し、反対に二の腕を捕まえる、と。
野枝実
「かかった」

  掴んだ手の影から、猫の形の影が友久の腕に流れ出た。影は友久の腕から首へと流れてゆく。そこには何の感覚も無い。ただ、目に、見える。
  首のうしろのあたりで、影は止まった。
鬼李
「ここならば、たかだか猫でも何とか出来るだろうな」
友久
「……相打ちか?」
野枝実
「2人いるぶん、こちらのほうが有利だと思うけど?」

晃一暴走

晃一
『ああああああああああっ』

  響く心の声……同時に鋭い衝撃が走る。
晃一
『あ……あ……ああああああああっ』

  晃一の叫びに答えるように、ぎしぎしときしみひび割れていくコンクリートの壁、めきめきと歪み変形していくリノリウムの床。
晃一
『う……』

  ゆっくりと顔をあげる晃一。生気のない……ガラス玉のような眼……ざわざわと生き物のようにゆらめく髪。
研究員1
「な……なにっフィールドが……効いていない!?」
研究員3
「そんなっ……ありえない……PK値測定不能! ……超能 力阻害フィールド許容量を……はるかに……超えているっ」
研究員1
「捕縛しろ、奴を止めろ」

  ばぢばぢばぢばぢばぢっ。
  縛り付けらた晃一の全身に容赦なく鋭い痛みが襲う。
晃一
『うああああああああっ』
研究員1
「おさまったか?」
晃一
「あ……あ……あああああっ」

  ぎろり……と無機質な晃一の目が研究員を睨む。研究員の体が不自然に浮き上がる。
研究員1
「ぐあ……あ……あああああぁぁぁっ」
宮部晃介
「!」

  ぐしゃっ
  凄まじい勢いで吹き飛ばされ、晃介のすぐ脇の壁に叩き付けられる研究員。晃介の頬に点々と飛び散った血がはねる。
宮部晃介
「これは……」

  跳ね飛ばされた研究員……全身が不自然にぐにゃぐにゃに歪み、はじけた体から飛び散った血と肉片が……コンクリートの壁にへばりついている……
研究員2
「こ……んな、馬鹿な、なぜ、これほどの……」
宮部晃介
「霞ヶ池の力か……」

一時休戦

ズズゥゥゥゥゥン……
  にらみ合う二人、衝撃の地響きが聞こえてくる。

友久
「なんだ?!」
野枝実
「今のは」

  瞬間、丁度気圧の変化の中にいる時の耳鳴りに似た、きいん、とする感覚があった。
野枝実
「何」

  ばしゃん、と、水の音が響く。妙に間遠に、しかしはっきりと。
友久
「これは」

  足元から水がゆるゆると湧き出してゆく。わざと色でも付けたような、青い、水。瞬き一度で、それらは消えた。
鬼李
「(ぴく)まさか……晃一君に」
野枝実
「まさか、実験!」
友久
「(はっ)しまった!」

  駆け出そうとする二人……だが。
野枝実
「鬼李! 実験施設は」
友久
「地下第一実験室」

  意外な人物から冷静な答えが帰ってくる。あいかわらず警戒はゆるめないが、声は穏やかになっている。
野枝実
「……どういうつもり?」
友久
「また、あんたのとばっちり食う気はないんでね。また騒 がれて足引っ張られたらたまらん」
野枝実
「よけいなお世話ね」
友久
「とりあえず……だ。現在の共通目的は実験の妨害……で きれば一時停戦といきたいが……どうだ?」

  野枝実の口元だけが、嘲笑うように捻じ曲がった。
野枝実
「嫌だといったら」
鬼李
「野枝実!」

  肩を竦め、小さく嗤う。
友久
「そんときは……しゃあないな、この場であんたを眠らせ て一人で行く」
野枝実
「できると思ってんの?」
友久
「五分五分だな、しかし放っていくわけにもいかない」

  友久の顔から笑みが消える、改めて構え直す野枝実。一瞬、鋭い緊張が走る。
鬼李
「野枝実!」

  黒い塊が野枝実の目の前に落下した。
鬼李
「余計な意地をはっている場合かどうか、判断出来ないほ どの莫迦か、あんたは?」

  鬼李の声に、構えを解き肩の力を抜く野枝実。
野枝実
「わかってるって鬼李」
友久
「わかっていても素直に聞くのはしゃくだ……と」
野枝実
「そういうことね」
鬼李
「……ひねくれもそこまで押し通せば大したものだな」
野枝実
「とりあえず一時休戦には応じる」
友久
「(にや)感謝する」
野枝実
「感謝されるのはまだ早いって気もするけど」

  額に張り付いた髪を払いのけながら、野枝実は相手を見据えた。
野枝実
「目的は違う筈だ」
友久
「とりあえず、目的はともかく、名前くらいは聞いておこ うか。別に強制はしねえけどな」
野枝実
「人に名前を聞くなら」
友久
「わかった、俺は本宮友久。友久でいい」
野枝実
「鬼崎野枝実、こいつは鬼李」
友久
「野枝実に鬼李……な、いくぞ」
野枝実
「いわれなくっても」

  駆け出す二人。

抑止

ひしゃげたコンクリートの壁、いびつに歪んだリノリウムの床、真っ二つに割れ火花を散らしている機械。所々に倒れている研究員……

友久
「これは……」
野枝実
「まさか、少年」
鬼李
「晃一っ!」

  あちこちが歪み、崩れた実験室の真ん中……晃一は立っていた……いや、浮かんでいた。
友久
「なんだ……あいつ」
鬼李
「晃一っ!」
野枝実
「鬼李っ待て、少年の様子がおかしい」
友久
「おい、お前らっ!」

  晃一に向かって走り出す鬼李、それを追いかける野枝実。
  ざわっ。走り寄る野枝実達を一瞥する晃一。ざわっと髪が揺らぐ……
友久
「あぶねえっ!」

  鬼李の尻尾と野枝実の腕を掴み、引っ張る。
  ドォォォォォォン
  爆音が響き、転がっていたコンクリートの破片が友久達の脇をかすめ、壁に激突し砕ける。
友久
「馬鹿野郎! 後先考えず突っ込むな!」
野枝実
「(セリフお願いっす)」
友久
「奴がなんだかは知らんが、ここは一旦引け!」 ********************************************
晃一
『う……うう……』
取り押さえられ、昏倒している晃一。苦しげな心の声が野枝実達の心に聞こえてくる。
野枝実
「とりあえずは押えたけどね」
鬼李
「意識が戻ってない……このままでは」
友久
「霞ヶ池の影響か……」
野枝実
「水を吐かせられない?」
鬼李
「しかし……今の状態では難しいぞ」
黙って様子を見ていた友久が口を開く。
友久
「うまくいくか保証できんが……直接取り除く方法はある」
鬼李
「直接取り除く?」
野枝実
「そんなのどうやってやるっての」
鬼李
「何でもいい、どうすれば助けられる」
友久
「そんなに焦るな……こいつを寝かせてくれ」
晃一を寝かせ、右手の指無し手袋を脱ぎ、晃一の腹に手をかざす。
鬼李
「何をする気だ?」
友久
「こいつの体を透過して、直接体内の水を取り出す」
鬼李
「そんなことが」
野枝実
「強引なやり方ね」
友久
「やるしかないだろ、それとも他に方法があるか?」
野枝実
「確かにね」
友久
「しばらくこいつに集中する。あとの雑魚連中を 押えててくれ」
野枝実
「OK」

  雑魚(警備員連中)とドンパチする野枝実)
友久
「さて」
晃一の体にゆっくり友久の手が透過していく……晃一の腹に友久の手が透過していく。ゆっくりと晃一の腹を探る……友久の額に汗が浮かぶ……
鬼李
「取り除けそうか?」
友久
「まだわからん……」
二・三度探りを入れ、ゆっくりと晃一の体から手を引き抜いていく……深く息をつき、肩の力を抜く。
友久
「ふぅ……」
鬼李
「うまくいったか」
友久
「なんとかな」
鬼李
「水は?」
友久
「ここに」
掴んだ手の中、空間ごと握り緊められた水。額の汗をぬぐい、ぐったりと腰を下ろす。
友久
「てこずらせやがって……」
鬼李
「大丈夫か?」
友久
「ああ」

  この間、警備員たちとばたばたしてる野枝実)
友久
「あっちも騒がしくなってきたな」
鬼李
「おい!」
友久
「ガキ頼む、ちょっとあっちの加勢してくる」
立ち上がり、警備員達に向かっていく友久。
友久
「いらん手間かけさせやがって……そら、返すぜ」
軽く腕を振る、手の中に圧縮されていた水が飛び散り、薬品棚からこぼれた活性化塩の上にこぼれる。
野枝実
「あんた、少年は?」
友久
「あっちは何とかなった。ま、今のは腹いせだ」
野枝実
「まさか……霞ヶ池? さっきの水」
その間、こぼれた霞ヶ池の水が煙をあげ、活性化塩と激しく反応している。ざわっ……
野枝実
「なに?」
友久
「なんだ……」
なぜか聞き覚えのある音が聞こえる……ざわざわざわ……
野枝実
「この音……まさか」
警備員
「なんだ? この音は」
かさかさかさかさかさかさ反応したところから湧き出すように現れたのは……
野枝実
「だあああああああっ」
沸き立つゴキブリの群! しかも並みの大きさではない……一匹三十センチはある巨大ゴキブリがいっせいに向かってくる。
野枝実
「なんなのよ、こいつらはっ!」
警備員
「うわあああああっ」
友久
「ほぉ……こいつはすげえや」
鬼李
「これも……霞ヶ池の……力か(呆)」
まるで、他人事のように感心する友久の胸座を掴む野枝実。
野枝実
「ちょっとあんた何やったのよっ!」
友久
「いや、ちょっとお返しをな」 ***************************************************
晃一
『……鬼李……野枝実……(ぐったり)』
鬼李
「晃一!(晃一に駆け寄る)」
友久
「ガキ? ……こいつが実験体!?」
野枝実
「そうよ。あんた、この子をどうこうする気」
鬼李
「(晃一をかばうように)こんな子を…… 生体実験に使ってるんだ……」
友久
「……(晃一を見て)お前……歳いくつだ……」
晃一
『……(怯えがちに)……七つ……』
友久
「そう……か」
しばらく晃一を見据え、考え込む友久。目を離さず睨み付ける野枝実、鬼李。
友久
「さ……て、わかったこうしよう……」
ぴっと人差し指一本立てる。
友久
「このガキが違法実験体だって事は俺の調査不足だ、 だから俺はこいつを知らない。調査の結果、危険性のある実験体は発見されなかった……と」
言い終えて、にやりと嗤う友久。少々、あっけに取られる野枝実、鬼李。
鬼李
「……では、見逃してくれるか?」
友久
「聞き直すな、そういう事を」
少々、ぶっきらぼうに答える友久、どうやら照れ隠しらしい。
鬼李
「……いいひとだなあっ(感動っ)」
野枝実が、かくり、とこけた。同じく、ずっこけてる友久。
友久
「あ……あのな……」
野枝実
「鬼李……あんたの価値基準って……」
鬼李
「まともだろう(胸を張る)」
晃一
『……? 何のはなし』
ばたばたばた……外から複数の足音が聞こえてくる。
鬼李
「(ぴく)連中……我に帰ったらしいな」
友久
「……長居は無用だな」
野枝実
「そうね、ここらで退散するわ」
友久
「おまえら……このガキ連れて、どう出る気なんだ」
友久のこのセリフに思わず顔を見合わせてしまう鬼李と野枝実。
野枝実
「そういえば……」
鬼李
「どうやって……連れ出そう……」
思いっきりずっこけてしまう友久。
友久
「……お……お前らなぁっ……! 何も考えとらんかった のかっ!」
野枝実
「馬鹿! 大声出さないでよ」
研究員1
「声がしたぞ!」
研究員2
「こっちか?」
友久
「しまった……とにかくお前らこいっ!」
わしっと二人と一匹を両手で抱え込む友久。
晃一
『……え? なに?』
鬼李
「なんだ?」
野枝実
「何する気よ」
友久
「黙ってろ!」
しゅっ……空間を歪め、通風孔の三センチ程の隙間に入り込む。
晃一
『……ここ……どこ?』
鬼李
「すごい埃だぞ」
野枝実
「狭いわね。ちょっと、あんたどこ触わってんのよ!」
友久
「我慢しろ、あいつらまいたらすぐに出る」
研究員1
「おかしいな」
研究員2
「とりあえず実験体の回収のほうが先だ」
ばたばたばた……足音が遠ざかっていく。と、同時にごろごろと三人と一匹が転がりでてくる。
友久
「やれやれ、いったか」
野枝実
「とりあえずはね、問題はこれからよ」
友久
「ま、脱出するなら、手段はあるけどな……とにかく、ここにいるのはまずい」
すいっと両手を野枝実と晃一に回す。
野枝実
「また、今度はなによ」
友久
「静かにしてもらえんか、集中できん」
青い目を細め、意識を集中させる。
友久
「……さっきドンパチやったとこでいいか」
しゅ……っ
野枝実
「え!」
鬼李
「ここは」
晃一
『……なにが……あったの?』
そこは、さっき野枝実と友久が戦っていた物置部屋。
野枝実
「これって」
友久
「空間転移、空間を渡ってわけだ。ワープみたいなもんだが」
晃一
『……すごい』
鬼李
「便利なもんだな」
野枝実
「そういう力があるなら、出し惜しみしないでさっさと使えば!?」
友久
「……助けてもらっといて、言う台詞かそれがっ! お前は」
野枝実
「最初っから使ってれば、苦労いらなかったじゃない」
友久
「ま、別に使わなくもないけどな。そん時はハエが混じらんことを祈っと いてくれ」
野枝実
「ちょっと!」
友久
「(くっくっく)冗談だ、本気にすんな」
野枝実
「面白くないわね」
友久
「いや、根が真面目なもんでね」
野枝実
「どこがよ」
晃一
「……(おろおろ)」
鬼李
「……(泰然自若)」
晃一
『鬼李……おにいちゃんも、おねえちゃんも、喧嘩してるの?』
鬼李
「いや、あれは単に性格の悪いの二人が、お互いの 性格が如何に悪いかを確認しているだけのことだよ」
晃一
『……でも』
鬼李
「心配かい? でもあれならば、一言で止められるんだけどね」
晃一
『?』
鬼李
「やってみようか?(にっこり)……野枝実、本宮君」
野枝実
「何よっ」
鬼李
「仲がいいなあ(しみじみ)」
ぴきいぃん。空気が音を立てて凍り付く。
鬼李
「ほら、一言で片付くだろう?(にこにこ)」
晃一
『……う、うん……(で、でもこわいっ)』
野枝実
「……鬼李……あんたねえっ!」
鬼李
「(すい、と立ち上がって真面目な声音で)と、言われたくなくば 止めとけ。晃一君が心配するだろう」
友久
「(ぼそっと)なんだか悟ってんな、あんたの猫」
野枝実
「まあね、いい性格してるわよ。あんたに負けないくらい」
友久
「性格……か。飼い主に似たのか、類が友を呼んだのか…… どっちもあやしいもんだな(にや)」
野枝実
「(ぴく)あんたも口がへらないわね」
友久
「それはお互い様じゃねえか」
野枝実
「言うじゃない」
鬼李
「(こそっと)ほら晃一君、今だ」
晃一
『……やっぱり……仲が良いの?』
友久・野枝実
「(ぴき)……」
またもや、凍り付いてしまう二人。
鬼李
「よし、コツをつかんできたぞ(うんうん)」
晃一
『……コツって……なんだろう?』
友久
「……ま、置いとくとして。脱出の算段を考えんとな」
とりあえず、立ち直ったらしい友久。
野枝実
「さっきの移動で外にでられるんじゃないの」
友久
「そうしたい所だが、そんなに遠くまで飛べないんでね。できるだけ 外に近づかないとな。それに全員連れては集中が辛い」
野枝実
「役に立たないわね」
友久
「……途中で放り出すぞ」 ***********************************************
  空間転移で外にでるとき)
友久
「それじゃあ、先に行くぜ」
晃一を抱え込み、集中する。やがて、姿が薄れだし、転移する。気がついたとき、壁の外にいた。
友久
「っと。外にで……」
中原
「あ」
晃一
『お兄ちゃんっ!』
キキキキキキキキィッ鋭いブレーキ音が響く。とっさに晃一を抱え込む友久。
友久
「うあっ!(どんっ)」
タイミング悪く、転移先に丁度走ってきた車に跳ね飛ばされる。なんとか晃一を抱えたまま、したたか背中を打ちながらも、体を丸め受け身をとる。車が停まり、慌てた様子で男が出てくる。
中原
「(出てきて)大丈夫ですか?」
友久
「車に跳ねられて大丈夫なわけがあるか……」
中原
「でも、結構大丈夫そうですけれど?」
反論しようとして、このままでは野枝実や鬼李が来ると言うことを思い出す。
友久
「(くそ……このままじゃ騒ぎになる……)」
中原
「ええと、立ってみて貰えますか?」
友久
「大丈夫だ……痛っ!」
答えようとして体中に痛みが走り、思わず片膝をついてしまう。
中原
「(触って)折れてはいませんね。かといって、すぐには歩 けないでしょうし。ええと、どちらに行かれるのですか? 送らせて下さい。あなたのお子さんもいらっしゃいますし」
友久
「おいっ! 俺が子持ちに見えるかっ!」
野枝実
「(影からでてきて)ここじゃ見つかる、すぐに……!」
鬼李
「しまった、一般人か……」
中原
「ええと……奥さんですか? すいません、旦那さんをひ いてしまいました」
野枝実
「だれがこんなやつと!」
友久
「冗談じゃない! 俺だって選ぶ権利はある!」
中原
「仲がいいんですね(にっこり)それはともかく、さあ乗っ て乗って」

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