エピソード599『さらば、少年』
夏、日差しの照り付ける中をぱたぱた……と歩く瑞希。長い髪をアップにまとめ、薄手のサマーワンピースにサンダル姿、相変わらず化粧っ気はない。
じりじりと照り付ける日差しを避けるように、グリーングラスへと入っていく。
- ユラ
- 「あら、いらっしゃい。瑞希さん」
- 瑞希
- 「はぁ……暑かった。ユラちゃん、アイスティちょーだい」
- ユラ
- 「ちょっと待ってて」
- 瑞希
- 「あー、髪が熱もってるぅ」
ぱさ……髪を縛ってたゴムをとり、軽くかぶりを振る。ふわりと長い髪が舞い、かすかにシャンプーの香りが鼻をくすぐる。
- 瑞希
- 「ふぅ、一息ついた。……でも伸びたなぁ、髪」
一筋、髪をつまむ。黒く長い髪、肩甲骨を覆ってまだあまるくらいに伸びた髪。確か、去年肩にかかる程度まで切ったはずなのだが。
- 瑞希
- 「伸びるの早いな、昔とかわらず……」
- ユラ
- 「奇麗な髪ですね、さらっとした」
- 瑞希
- 「さらさらしてる分、ちっともまとまりが無いんだけどね」
くるくると指を回し髪をもてあそぶ。しゅるしゅると長い髪が指からすり抜けていく……
- 瑞希
- 「もう……何年経ったかな、伸ばそうと思ってから」
- ユラ
- 「瑞希さん、髪短かったんですか?」
- 瑞希
- 「んー、昔はショートヘアだったのよ」
- ユラ
- 「へぇ、なんだかイメージが湧いてこないな」
- 瑞希
- 「ふふ、昔は背が高くて、髪も短かったからよく男の子に
間違えられたのよ」
- ユラ
- 「瑞希さんが? ……見てみたかったな」
- 瑞希
- 「中学生くらいまでね。今度昔の写真見せてあげよっか」
- ユラ
- 「見てみたい!」
- 瑞希
- 「おっけい、今度アルバム持ってきてあげる」
- ユラ
- 「楽しみだな、男の子みたいだった瑞希さん」
- 瑞希
- 「(くす) 昔は美少年と呼ばれたさ……って冗談だよっ!」
- ユラ
- 「瑞希さんてば(くす)」
- 瑞希
- 「昔は……ね」
昔……自分はショートヘアだった。
髪を伸ばそう……中学二年の頃、漠然とそう思った。理由は特にない、ただ、なんとなく。いや、理由はあった。なにかを心に決めたから……
……でも、その時心をよぎったなにかは……もう、思い出せない。
小学校、中学校、ずっと通してショートヘア……別に短い髪が特に好きだったわけでもない。特に意識をしなくても、母がいつも切ってくれたし、中学になってからは、美容院に通わせてくれた。
いつの日だったか……
- 瑞希
- 「お母さん、あたし、髪切りにいかなくてもいい」
- 母
- 「そう、いいの?」
- 瑞希
- 「うん、あたし……髪伸ばす。めんどくさいから」
- 母
- 「ふぅん……そお? うん、わかった」
髪を伸ばそう……と思った。本当になんとなくだった。確かに切りに行くのは面倒くさかったし。長い髪がいいなと思った事もあった。
だからといって……別に願をかけたわけでもないし、好きな人ができたわけでもなかった……
じゃあ……なぜだろうか……
その時、心をよぎったのは……男の子に見られていた自分。
小さい頃、よく男の子に間違われた。昔から周りより背が高く、髪も短く、活発だった。日に焼けた肌、ぼさぼさの髪で、いつも短パンにシャツを着て、走り回っていた……
「瑞希ちゃんは男の子みたいね」
「あら、坊やじゃないの?」
周りには、いつも男の子のように扱われていた。今までは……そうだった。小学生から……中学生半ばにかけて……男の子、女の子という区別が希薄だった頃のこと。
鏡を見る、中学二年生の自分。
もう、男に見られる事はない。男の子に見られるにはきゃしゃすぎる。体つきも、まるみのある女の体になっていた。
周りの男の子達より高かった背も、中学二年で止まり。いつも見下ろしてた男の子達にいつしか追いつかれて、追い抜かれて……残ったのは、女の子にしか見えない自分。
ショートカットをそのまま伸ばした髪。きゃしゃな細い肩に白い肌。
いつのまにか……日焼け止めを塗るようになった。肌を日に焼かなくなった。昔とまったく違う、透けるような真っ白の肌。
でも、それだけじゃない……
日焼けを気にするようになった。髪が傷むのを気にするようになった。鏡の中の自分の姿を気にするようになった。
そして……自分はもう……男の子に見られない。
男の子とも女の子ともつかなかった自分。そのままでいれたらいいと思った。いつまでもそのままの気持ちでいたかった。
でも、自分は女なのだ。どんなに背が高くても、どんなに男の子らしく見えても、女なのだ。
考えてみれば当たり前の事なのに……なぜだか、さみしかった。……なんともいえなくさみしかった。
- 瑞希
- 「さよなら……」
鏡を見つめ、つぶやく一言。
さよなら……
誰に向けての別れだったのか
髪を伸ばすことに何の意味があったか
もう、思い出せない。
記憶で覚えてはいても、心が思い出せない。
あの頃、何を思っていたのか……
- ユラ
- 「おまたせ、瑞希さん」
- 瑞希
- 「えっ? 、ああ、ありがとユラちゃん」
- ユラ
- 「どうしたんです? ぼーっとしちゃって」
- 瑞希
- 「ちょっと、ね。あ、それ新作?」
- ユラ
- 「新作のハーブゼリー、試食してみます?」
- 瑞希
- 「食べる食べるぅ〜」
- ユラ
- 「(くす) ちゃんと感想きかせてくださいね」
早速、ほのかにハーブが香るゼリーを口に運ぶ。空調のかすかな風に長い髪が揺らいだ。
- 瑞希
- 「さらば、少年……か」
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