小説066『美樹の3分間クッキング』


目次


小説066『美樹の3分間クッキング』

登場人物

狭淵美樹(さぶち・みき)
活字中毒な医学生

時系列

1999年春

本編

書物の最後のページ。ゆっくりと感慨に浸りながら、奥付を読む。閉じる。一つ小さく、のびをする。

心臓の下。胃の腑のあたりが、動く、気配。かすかな、音。

……………腹痛……はない。

空腹。

ふとその単語が脳裏に浮かぶ。

あぁ、そうか、そういえば、これが空腹という感覚だったような気がする。

前に何かを口にしたのはいつだったっけ………

そう考えた途端に、もう一度、胃の腑が動いた。

「……………ん〜〜〜。とりあえず血糖値を………」

つぶやきながら、探す。

探しながら、思い出す。最後に取った固形物は、一昨日ベーカリーで試食したパンだ。

探索をあきらめる。

飴玉、菓子の類、パンなどの加工しないで摂取可能な食糧は、当の昔に切れていたらしい。

「ないかぁ」

前に食品類の買い出しに出たのは……………バイト代が出たときだから、10日も前、か。確かに、尽きていてもおかしくはない。

………………ふと気がつく。

炊飯ジャーの保温のランプが灯っている。

いつ炊いた米だったろうか?

……………今日、昨日、一昨日、米を研いだ記憶はない。

記憶をゆっくりとさかのぼる。

思い出す。確か、一週間ほど前だ。

一升炊きの炊飯ジャーの蓋を、開ける。

「………あちゃ」

しゃもじが、入らないぐらいに硬くなったご飯。

「仕方ないなぁ…………」

電気ポットのお湯をとりあえず、炊飯ジャーの中にじゃぼじゃぼと注ぐ。これで、とりあえず、しゃもじが通るようにはなった。

洗濯機の上で所在なげにしていた、大学入学以来の鍋兼フライパン兼食器を持ってきて、てきとーにご飯を掬って放り込む。

一口食べてみる。硬い。

仕方がないので、さらにその上から、電気ポットのお湯を注ぐ。

………………適当に沸かすか。

ガスコンロに火をつける。

『人間、炭水化物だけでは生きていけない』

麻樹が言っていた言葉だ。ふと思い出している。

たしかに、ビタミンとかタンパク質も必要なのは確かなような気がする。理論はそう教えている。

ツナ缶を一缶開ける。ひっくり返して入れる。

冷凍庫から、愛用の「ホットサラダミックス」の袋を取り出し、ごろごろごろとブロッコリやら人参やらアスパラガスだのの冷凍物を振り入れる。

ついでだ。

冷蔵庫を開ける。

卵がある。最後の一つだ。

これも割って入れる。ご飯に当たって黄身が割れる。

インスタント麺スープの素入れの缶の中から適当に一袋取り出す。

今日はカレーうどんのスープの素だ。

入れる。

ついでだから、紫のゆかりと胡椒を振りかける。

まぁ、塩分も摂取しないといけないはずだ。

適当に煮立ってくる。冷凍野菜が解凍されればそれでいい。

割り箸を割って、適当にぐちゃぐちゃとかき混ぜる。

スープの素の粉と、卵が適切に混ざったら、出来上がりだ。

………………いつも座っている座椅子の前には食器を置くスペースがない。

「ま、いっか」

そのままガスレンジの下に腰を下ろす。台所に積んである、杜仲茶入りの段ボールの上に食器をおろす。机代わり、と。

とりあえず、これで、しばらくは持つだろう。

うむ。

とりあえず。口の中を、火傷した。

                        (おわり)

(なお、この小説はあくまでフィクションであり、現実の組織、人物、食生活とは、一切関係ありません(滝汗))

解説

狭淵美樹の食生活。その実態は…………

味覚とは何なんでしょうね。


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