TSUDAKEN さんの作品です。
小樽市の小さくて寂れた飲み屋街を、巨漢の男が背中を丸めて歩いていた。
3月上旬……。
北海道の春はまだまだ先だ。
夕暮れの空に粉雪が静かに舞っている。
その雪の中を、巨漢の男は学生服姿で歩いていた。
身長は190cmに届くぐらいだろうか、分厚い体のために2倍にも3倍にも大きく見える。その体を包む学生服はいかにも窮屈そうだ。
そもそも、この体に学制服は似合わない。
体の大きな大人が、無理やりに学制服を着ているようで違和感があるのだ。
だが、分厚い体の上にある男の顔を見ると納得がいく。
武骨ではあるが、まだ幼さが残った顔は紛れもなく高校生の顔だ。
しかし……。そのどこか愛嬌のある顔も、今は悲しみの表情に歪んでいた。
「おふくろの涙、初めて見たな……」
その巨漢の男「津野田健太郎」は、そんな言葉を歩きながら何度もつぶやいていた。
健太郎は生まれた時から母親1人に育てられた。
父親は健太郎が生まれてすぐに病死したという。
父親について健太郎が知っているのはそれだけだ。
母親は小樽市内のクラブで働き、女手一つで健太郎を17年間育ててきた。
母親は美しい人であった。
年は40歳を過ぎた頃だったが、見た目よりもずっと若く見え、化粧によっては30代前半にも見える。
働いているクラブでも売れっ子で、健太郎が見たかぎりでは仕事以外の関係で母親に男の影を感じた事は一度も無かったものの、再婚の話しなどは何度となくあった。だが、母親は「子供がいるから」の一点張りで、そんな縁談も断わり続けていたのだ。
「子供がいるから」
その言葉は幼い時から健太郎には重荷になっていた。
「自分がいるから母親は幸せになれないのか?」
母親が自分に優しければ優しいほど、健太郎の心は深く傷つけられていたのだ。中学を卒業する時には、健太郎は就職を考えていた。
早く自分が働いて、母親に今の仕事を辞めてもらいたかったのだ。
そして自分は家を出て、母親には誰でもいいから再婚でもして幸せになって欲しかった。
しかし母親はそれを許さなかった。
「お前を、ちゃんと大学まで行かせないと、死んだ父さんに申し訳がたたない」
その言葉で、あっさりと健太郎は自分の主張を取り下げてしまった。
今まで健太郎は1度も母親に逆らった事がなかった。
母親に対する負い目と、自分が母親を守らなければならないという使命感にも似た脅迫観念。
小学校の低学年の時から始めた空手も、強くなりたいという欲求より、母親を守るという気持ちと、母親からの自立が目的だったのかもしれない。
ドン。
考え事をして歩いていた健太郎の肩が何かに当った。
健太郎が振り返ると、そこにはチンピラ風の3人組の男達が、健太郎をニヤけた顔で睨んでいた。
「すいません」
健太郎は頭も下げずに、その場を立ち去ろうとした。
「待てよ兄ちゃん、人の肩にぶつかっておいてそれだけかぁ?」
3人組の中でも1番背の低い男が、健太郎を下から睨み上げる。
男は最初こそ健太郎の体格の良さに気後れしていたが、健太郎の顔を見て高校生だと確信し、調子に乗って脅しにかかってきたのだ。
「すいません」
健太郎は無愛想にもう一度謝った。
「すいませんんじゃ、済まねんだよ〜! おらっ、土下座しやがれ!」
健太郎の顔に酒臭い息がかかった。
「嫌です」
健太郎は男の目を見つめながら、はっきりと拒否の言葉を吐き捨てた。
その瞬間、健太郎の心の底に黒い塊のようなものが生まれた。
今まで感じた事のない感覚。
「ちょ、調子に乗るんじゃね〜!」
男は健太郎の威圧感に耐え切れなくなったかのように、いきなり蹴りを放ってきた。型もなにもない素人の蹴りだ。
健太郎は表情も変えずに軽く後ろに下がってその蹴りをかわした。
バランスを崩したのと雪道に足をとられて、男は無様に転んだ。
「てめ〜っ!」
小さな男の後ろでニヤけていた男が、健太郎の胸ぐらに掴みかかって力まかせに押してきた。
だが、健太郎はピクリとも動かない。
表情も無表情のままだ。
しかし……。その時、健太郎は心の中に生まれた黒い塊が、ゴリゴリと音をたてて膨らんできているのに戸惑っていたのだ。
男は左手で健太郎の胸ぐらをつかんだまま、健太郎の顔面に拳を打ちつけてきた。
健太郎は、避けようともせずに男の拳を受けながら、膨張し続ける黒い塊に自分自信を映し出して自問自答していた。
男の容赦のない拳が健太郎の左の頬にめり込む。
1発。
「俺は……。守られる人間なのか?」
2発。
「俺は……。一人でも生きていける」
3発。
「俺は……。強い」
その瞬間、健太郎の心の中の黒い塊は一気に爆発した。
男の左手を掴み外側にひねる。男の左手は簡単にはずれていた。
すでにその時、男の左手首には関節技が決まっていたのだ。
中学生の頃に少し噛った事のある少林寺拳法の技だ。
健太郎は後ろに軽くステップを踏んで、回り込みながら男の左手をさらに外側にひねっていく。
男は情けない声をあげて膝まづく。
いつもの健太郎なら、そこで終わりだった。
しかし健太郎は、ひねった左腕に思いっきり体重をかけていった。
パキッ。
100Kgを越える健太郎の体重を乗せられて、乾いた音をたてて男の肘のあたりの骨が簡単に折れた。
「あああああっ!」
情けない声をあげていた男が「ぐっ」と呻き声を上げて雪の中に倒れ込んだ。
片腕を掴まれて、がら空きになった腹に健太郎の蹴りが吸い込まれたのだ。
「おらあああっ!」
恐怖にも似た叫び声を上げて、蹴りをかわされて転んだ男が、後ろから襲って来た。手にはいつの間にかウイスキーの空瓶が握られていた。
健太郎は振り向きざまに右の腕を水平に振り抜いた。
裏拳が男の顔面をとらえていた。
健太郎が腕を振り抜くと同時に男は人形のように弾き飛ばされて大きな音をたてて、店の脇に積んであったビール瓶のケースに頭から突っ込んで動かなくなった。
健太郎はゆっくりと振り返った。
その顔は……。笑っていた。
「てめえ……。楽しんでやがるのか……」
仲間がやられるのを今まで静かに見つめていた男が、初めて口を開いた。
3人組の中で1番背が高い男。
身長は180cm近い、年は20代後半ぐらいだろうか。
楽しんでいる? そうなのかもしれない……。
今までの健太郎の空手は防御の為のものだった。
健太郎の風貌は、街の不良達などを恐れさせるのには十分なものだったが、逆に自分の強さに自信がある人間からは喧嘩を売られる事も少なくなかった。
その自分に喧嘩を売ってくる人間達のほとんどを、健太郎は倒してきた。
しかしそれは、あくまでも自分を守る為であり、健太郎の心の中では母親を守る事と同一の行為だったのだ。
だが今は、自分の強さを確信したい、自分の強さを証明したい。
男はゆっくりと健太郎に近づいてきた。
目線は健太郎の目から一時も放さない。
健太郎は軽く足を開いて男に向き直って大きく息を吸った。
男が健太郎の間合いに入った、だが健太郎は動かない。
この男はどのくらい強いのか?
この男は俺よりも強いのか?
男は自分の間合いに入ったところで足を止めた。
隙のない構え。
先に倒した2人の男とは比べものにならないぐらいの殺気。
「くく……」
健太郎は小さな笑い声を上げた。
今日……。初めて健太郎は母親の涙を見た。
学校から帰宅した健太郎は、学校に提出する書類に押す印鑑を探しているうちに見慣れない貯金通帳を見つけたのだ。
名義は健太郎の名になっていた。
大方、母親が自分に内緒でためている金だろうと、通帳を開いて健太郎は息を飲んだ。その額は北海道でならば土地付きの家が建てられるほどの額になっていたのだ。しかも、その金は健太郎の見知らぬ名の男から毎月定期的に振り込まれているものだった。
振り込みに使った銀行は毎回決まってはいなかったが、吹利支店となっているものが多い。恐らくは関西地方にある吹利県の事だろう。
そこに、母親が買い物から帰って来た。
健太郎は通帳をテーブルに叩きつけて、母親を問いただした。
黙って下を向く母親の姿を見ているうちに、母親への言葉は怒鳴り声に変わっていた。
「ごめんなさい……」
母親は下を向いたまま、やっと口を開いた。
床にポタポタと涙の粒が落ちた。
気丈だった母親の涙を、健太郎は生まれて初めて見たのだ。
その涙を見て、振り込み人の男の見当がついた。
「親父……。なのか……」
「ごめんなさい……」
「親父……。病気で死んだって……」
「ごめんなさい……」
床に落ちる涙の粒は、小さな水溜まりをつくっていた。
健太郎は沈黙の時間と母親の涙に耐え切れなくなって、学生服のまま家を飛び出した。
「組の者に手を出して、ただで済むと思ってねえだろうな」
男は今まで、何度もこの言葉で相手の戦意を喪失させてきたのだろう、はったりではない本物の凄みがある。
だが、健太郎は笑ったままだった。
「しっ!」
男は目線を健太郎の目に合わせたまま、意気なり右足をはね上げた。
足は高々と上がり健太郎の顔面を襲ってきた。
素人の蹴りではない。
健太郎は左手でその蹴りを受け止めた。
重たい蹴りではあったが、健太郎の腕はびくともしない。
男は蹴った足を下げると同時に右の突きを健太郎の顔面に繰り出してきた。
拳は2本指を立てている。
目潰し。
最初の蹴りはフェイントだった、喧嘩馴れした技。
健太郎は首を横に振ってかわし、逆に自分の顔を男の顔に近づける。
ゴン。
男はギリギリのところで、左腕で健太郎の頭突きを止めた。
だが、勢いを殺す事ができずに数メートル後ろに下がる。
健太郎は男が下がった分の距離を一気に詰めて、右の回し蹴りを男の脇腹に放った。男は蹴りをかわそうとはせずに1歩前に踏み出して健太郎の蹴りを両手で受け止めた。打撃のポイントずらして蹴りの威力を軽減させたのだ。
健太郎が右足を戻そうとした時、男の腕が健太郎の足に絡みついた。
男は健太郎の足を左のわきに挟みこみ、右手を膝の裏に回す。
健太郎の背中にゾクリとしたものが走り抜けた。
男は右足を軸にして一気に体を右に回転させた。
ドラゴン・スクリュー。
最近プロレス界で流行っている技だ。
まともにくらえば膝をやられる。
健太郎は男の動きに逆らわずに、スピードを合わせて男と同じ方向に体を回転させた。一瞬、二人の体が宙に浮いて雪道に同時に落ちた。
「ちいぃ!」
男は素早く健太郎の足を放して、間合いを開けて立ち上がる。
寝技は不利とみたのだろう。
健太郎は柔道の受け身を取って、ゆっくりと立ち上がった。
「面白い技を使うな……」
健太郎は心の底から関心したように男を見つめて言った。
「けっ! かわしておいて、よく言いやがる」
男は呆れたように言った。
健太郎はニヤリと笑い、その瞬間に素早い動きで間合いを詰めた。
右の回し蹴り。
今度は男の顔を狙った。
男は後ろに下がって蹴りをかわす。
蹴りの勢いを止め切れないように健太郎は反転して男に背中を見せた。
「へっ!」
男はチャンスとみて攻撃に転じようとした。
が、その瞬間……。
健太郎の左足が、今通った右足の蹴りと同じ軌道を描いて、唸りを上げて男を襲った。後ろ回し蹴り。
不意をつかれた男は、両手をクロスして何とか健太郎の蹴りを受け止めた。
腕の骨が軋む音が聞こえる。嫌な音だ。
顔の前でガードをした為に健太郎の姿を一瞬見逃した男は、次の瞬間に腕の隙間から健太郎の顔が近づくのを見た。
また頭突きか?
男は顔の上に右腕を上げて肘を前に向けた。
だが、頭突きは来なかった。
男の視界の下に健太郎の姿が消えていた。
ドン。
健太郎のタックルが男の胸の下に当った。
車にはねられたような衝撃。
タックルで倒されて、関節技……。
男の体に恐怖が走った。
タイマンの喧嘩で関節技が決まれば、そこで勝負も決まる。
倒されまいと、男は腰を落とし、健太郎の背中に肘を打ち込む。
2発目の肘を落とそうとした時に、男の足が地面から離れた。
健太郎が男の体を持ち上げたのだ。
「ひっ!」
男は思わず恐怖の声を上げていた。
その瞬間、男の目に映る景色が、もの凄いスピードでグルリと回転した。
ドスン。
健太郎は男を持ち上げたまま後ろにのけ反り、ブリッジを使って男を雪道に叩きつけたのだ。
ノーザンライト・スープレックス。
アマレスで言うフロント・スープレックスだ。
雪道とはいえ、健太郎の体重が肩を伝わって男の胸にかかった。
「ぐっ……。がっ……」
男は胸を押さえて、声も出せずにもがき苦しんでいる。
肋骨が2、3本折れているのか、息もろくにできない。
健太郎はゆっくりと立ち上がった。
最初に男達の1人と肩がぶつかった時から10分も経っていなかった。
今は健太郎の目の前に3人の男達が無様に倒れている。
「キャー!」
とってつけたような叫び声が、健太郎の後ろで上がった。
健太郎は軽く首をひねって、叫び声の方にした方に視線を向ける。
「ヒッ!」
叫び声をあげたホステスらしき女は、厚化粧の顔を恐怖にゆがめて立ち尽くした。それを合図にしたように、健太郎は走り出していた。
心の底から沸き上がる黒い塊は、消えるどころか加速度的に力を増している。
黒い塊は「まだ暴れ足りない」と健太郎の体の中を駆け回る。
黒い塊は「強い奴と闘いたい」と雄叫びを上げている。
健太郎は耐え切れなくっなって、走りながら雪の舞う夜空に吠えた。
今……。1匹の狼が生まれたのだ……。
真夜中。
小樽運河。
夜になってから降りだした雪は、まだ止みそうにない。
健太郎は雪の上に倒れている母親の顔に、そっと手をあてた。
どうやら、薬で眠らされているだけというのは本当のようだった。
健太郎は身体の痛みに耐えながら立ち上がっり、大きく息を吸った。
風に舞って1枚の紙切れが健太郎の足元に落ちた。
和紙のような紙に、筆文字で漢字のようなものが書かれている。
その紙切れを、健太郎は思いっきり踏みつけた。
「吹利県……。そこに親父がいる」
あの日以来、母親とはほとんど口をきく事もなく、
父親の事も聞けずじまいだった。
もちろん母親が親父の事を話すとも思えない。
また、泣かれるのが落ちだ……。
母親の涙はもう見たくはなかった。
健太郎は変わった。
街で2人組の不良学生にガンを飛ばし、喧嘩になり、そして倒した。
教室で気弱な生徒をいじめている奴がいたので、止めに入り、そして倒した。
今まで決して自分から喧嘩を売る事などなかったのに、今では誰でもいいから殴り倒したい気分なのだ。
そんな気持ちをさとられるのが嫌で、空手部と空手道場にも顔を出してはいなかった。
不思議なのは、チンピラとの喧嘩の件である。
あれだけの乱闘をやり、ケガ人も出ているというのに、
あれから10日以上が経っても、警察どころかチンピラの仕返しすらやって来なかったのだ。
時計の針が夜中の12時を回ろうとした時、電話のベルが鳴った。
仕事に出ている母親からだと思い、気だるい動作で健太郎は電話に出た。
「津野田健太郎君ですね……」
聞きなれない男の声が受話器から聞こえた。
落ち着いているが、どこか笑っているような声。
嫌な予感がした。
「誰だ……」
「これから、運河の、小樽運河の第14倉庫まで来てもらえますか」
「誰だ、てめえ」
健太郎の声に力がこもった。
「今……。あなたの、お母さんと一緒なのですが」
健太郎の背中にゾクリとしたものが走った。
「てめえっ、何をしやがった!」
「くくく。まだ、何もしていませんよ。もっとも、あなたが来なければ、このまま凍え死んでしまうかもしれませんが」
男は笑いながら一方的に話しを続けた。
「安心して下さい。あなたが1人でここまで来れば、お母さんには手を出しません」
「てめえっ……。ぶっ殺す……」
「くくく。そうです、その言葉を待っていたのです。では、第14倉庫で、待っていますよ」
そこで、いきなり電話は切れた。
「くっ!」
健太郎は、受話器を叩きつけて家を飛び出した。
暗い夜の闇の中に小さな明りが見えた。
小樽運河、第14倉庫。
昼間でも、道に迷った観光客ぐらいしか足を踏み入れない場所である。
その場所は、健太郎が子供頃によく遊んだ場所でもあった。
健太郎の家からそこまでは、走っても20分はかかる。
その距離を、健太郎は全力で走った。
「(電話の男……。恐らくは10日前に健太郎が倒したチンピラ達の仲間だろう。自分に仕返しをする為に、母親を誘拐したのだ……)」
健太郎は、そんな事を考えながら唇を噛みしめた。
明りは、どうやら焚火のようだった。
健太郎は明りが見えた所で走るのを止め、呼吸を整えながらゆっくりと歩き出す。
「やっと、来てくれましたね。寒くて凍えそうでしたよ」
不意に闇から声が聞こえて健太郎は足を止めた。
電話の男と同じ声。
焚火の光りが当たるところに、ゆらりと黒い影が現われた。
「ずいぶん汚い手を使うんだな!」
黒い影に向かって、健太郎が叫んだ。
「くくく。別に人質に取ったつもりはありませんよ。あくまでも、あなたを呼び出す為だけですから」
黒い影はゆっくりと健太郎に近づいた。
「母さんは……。母さんはどこだっ!」
健太郎は苦しそうな声で叫んだ。
「寒いと思いましてね、焚火のそばに寝かせています」
黒い影は焚火の方を指差した。
健太郎が焚火に目をやると、人のようなものが横たわっていた。
「か、母さん……」
それは、確かに健太郎の母親だった。
血の気を失った母親の肌が、静かに降る雪よりも白い。
「くくく。安心して下さい。薬で眠らせているだけですから」
健太郎は、黒い影に一気に攻撃をしかようとしたが、動き出せずにいた。黒い影には殺気が感じられなかったのだ。殺気どころか気配すら感じられない。
「10日ほど前、3人の男を倒しましたね」
「ああ」
「あの男達は、北十会の組員でしてね」
北十会……。この辺一帯を牛耳っている暴力団である。
「それで、仕返しか?」
健太郎の声に力がこもる。
「いえいえ、北十会の会長さんは、なかなか出来た人でしてね。相手が高校生だと知って、組の者に決して手を出すなと。これ以上、恥じの上塗はするなとね。
もっとも、今入院している奴らが退院したら、真っ先に貴方のところにやってくるとは思いますが」
黒い影は、いつの間にか健太郎から姿が見える所まで近づいていた。
黒いロングコートの男……。
年は30前後だろうか、長い髪の毛を後ろで1本に縛っている。
「じゃあ、てめえは何なんだ?」
「私は、北十会に雇われている者でして。まあ、用心棒のような者ですかね」
「なるほど。組員には手を出せないで、用心棒を使って仕返しか」
健太郎はゆっくりと身構えた。
健太郎が身構えたのを見て、黒いコートの男は目を細めた。
口元は微かに笑っている。
「残念ながら、北十会との契約は12時を過ぎましたので切れてしまいました。あなたに会いたかったのは個人的好奇心からです」
健太郎は答えずに、黒いコートの男を見つめた。
身長は175cmぐらい、痩せた感じの男だ。
「知ってましたか? あなたが最後に倒した男……、田北といいますが、北十会でもかなり腕の達つ者でしてね」
「へえ、そうかい」
健太郎は、ゆっくりと1歩前に出た。
「面白い技を使うそうですね」
「そうだったかな」
「田北を後ろに投げた技です」
「ノーザンライト・スープレックス……。か」
「道端の喧嘩でスープレックスですか」
「テレビでやってるのをマネしただけだ」
健太郎は足を止めずに、ゆっくりと黒いコートの男に近づいていく。
黒いコートの男は、健太郎が近づいてくるのを気にもせずに喋り続ける。
「貴方の事は、大体調べさせてもらいました。有名人らしいですね」
「そうでもないぜ」
「空手部でも空手道場でも敵なしなのに、大会等には参加されていない」
「どっちが強いとかに興味がないだけだ」
「道場の先生も同じ事を言っていました……。だが、貴方と実際に会ってみて印象が変わりました」
健太郎は無言で、さらに黒いコートの男に近づいていく。
「あなたは今、私を倒したいと思っている……。あなたと私では、どちらが強いのかを知りたがっている……。
くくく……。そうでしょう……」
黒いコートの男はニヤリと笑った。
それを合図にしたかのように、健太郎は一気に間合いを詰めて右の蹴りを放った。自分でも惚れ惚れするような渾身の蹴り。
黒いコートの男は、両手をポケットに入れたままだ。
健太郎の蹴りが、黒いコートの男の顔面を捉えたかと思った瞬間、黒いコートの身体が、フワリと宙を舞った。
黒いコートの男は、健太郎の蹴りが当たる瞬間、軽く後ろに飛んだ。
……かのように見えた。
だが、飛んだ高さは健太郎の背丈を軽々と越えていた。
空中で後ろに1回転して、黒いコートの男はフワリと着地した。
その動きは、降る雪よりもゆっくりとしたもののように見えた。
だが、黒いコートの男が着地するのと、健太郎が蹴った足を戻すのとは、ほぼ同時だった。
その間、黒いコートの男はほとんど身体を曲げていない。
両手はポケットに入れたままだ。
「凄い蹴りですね……。当たると痛そうだ」
黒いコートの男は、嬉しそうに顔を歪めた。
「試してみるか?」
健太郎は、一気に攻撃を仕掛けた。
左のジャブ。
右の正拳突き。
右の上段蹴り。
見事なコンビネーションだった。
だが、その攻撃の全てを、黒いコートの男は紙一重でかわしていく。
左のローキック。
左の裏拳。
右の正拳突き。
その突きを、軽いフットワークでかわした黒いコートの男は、コートのポケットから両手を出して、健太郎の右腕をつかんで外側に回り込んだ。
脇固め。
「ちっ!」
健太郎は、外側に引かれた右腕を強引に引き寄せた。
黒いコートの男は、健太郎に引き寄せられるのに抵抗せずに、腕をつかんだまま両足を健太郎の腕と首にからめてきた。
三角絞め。
柔道の絞め技でも、難しいとされている技である。
黒いコートの男の体重で、前に倒れそうになるところを、
健太郎は腰を落として堪えた。
そして、背筋の力で無理やりに身体を起こしてから、
思いっきり黒いコートの男を地面に叩きつけようとした。
地面に落とされる瞬間、黒いコートの男の身体が健太郎からスルリと離れた。
「くっ!」
体制を立て直して健太郎が身構えた時には、黒いコートの男は、何事もなかったかのように両手をコートのポケットに入れて立っていた。
「あんた、強いな……」
呆れるほど素直な言葉が、健太郎の口からもれた。
「くくく。健太郎君……。あなたは今、とても楽しそうな顔をしていますよ。あなたは、母親を助ける為に闘っているのではなく、闘いを楽しんでいる……」
黒いコートの男は、両手をコートのポケットから出して、初めて身構えた。
「私も、楽しませてもらいますよ」
健太郎は戸惑っていた。
黒いコートの男は、確かに攻撃を仕掛けようと身構えているのに、その身体からは全く殺気が感じられないのだ。
「くくく」
黒いコートの男は、健太郎の戸惑いを見透かしたように笑った。
「いきますよ」
そう言ったかと思うと、黒いコートの男は、健太郎を目がけて凄いスピードで走り込んできた。
健太郎は少しガードを上げたたけで1歩も引かない。
戸惑ってはいたが、闘志は少しも薄れてはいなかったのだ。
健太郎の蹴りの間合いに入ってきた瞬間、黒いコートの男の身体がフワリと浮いた。
「ぬぅ!」
黒いコートの男は、空中で前方に1回転した。
その回転と同時に、黒いコートの男の踵が健太郎を襲ってきたのだ。
浴びせ蹴り。
それも、恐ろしいほど打点が高い。
健太郎は思いっきり後ろに飛んで、その蹴り避けた。
これだけの大技をよけられた後には必ず隙ができる。
その時がチャンスだと、健太郎は思った。
だが、健太郎が攻撃を仕掛けるよりも早く、黒いコートの男の右の蹴りが、真横から飛んできた。
健太郎は左手で、その蹴りを受け止めた。
「ビシィ!」
高く乾いた音が響いた。
それほど力はなかったが、鞭のようにしなった蹴りは健太郎の腕を痺れさせる。
健太郎は右の正拳を、黒いコートの男の顔面に打ち込んだ。
黒いコートの男は頭を下げて、それをよける。
そこに健太郎の右の膝が飛んできた。
黒いコートの男は外側に回り込んで膝蹴りをよけ、右の肘を健太郎の顔面に打ち込む。
健太郎は左手で、その肘を受けた。
「バシッ!」
その瞬間、健太郎の左足に激痛が走った。
黒いコートの男の右の蹴りが、健太郎の左足にヒットしたのだ。
肘打ちが届く間合いから、威力のある蹴りを放つ。
通常では考えられない攻撃だった。
健太郎は激痛に耐えながら、右の拳を黒いコートの顔面に打ち込んだ。
黒いコートの男は、それを紙一重でかわした。
「バシッ!」
また、健太郎の左足に激痛が走った。
今度は黒いコートの右の蹴りが、健太郎の左足をとらえたのだ。
「くぅ!」
健太郎は、左足の感覚がなくなっていくのを感じていた。
健太郎の攻撃は当たらなかった。
黒いコートの男は、健太郎の全ての攻撃を紙一重でかわしていく。
「1発でも当たれば」
と、健太郎は思う。
突き、蹴り、肘、膝……。
そのどれか1つでも当たれば、この男を倒すだけの力が自分にはある。
だが、当たらない。
黒いコートの男の動きは、健太郎が今まで経験した事のない速さだった。
黒いコートの男の攻撃は、健太郎が今まで経験した事のない技だった。
恐らくはムエタイの技だと思う。
健太郎の直線的な攻撃に対して、黒いコートの男は曲線的。
健太郎の思わぬ角度から、黒いコートの男の攻撃は襲ってくる。
「バシッ!」
また、健太郎の左足に激痛が走った。
黒いコートの男は、必要に健太郎の左足を狙ってくる。
健太郎は右の裏拳を放った。
だが、紙一重でかわされる。
「バシッ!」
健太郎の左足の感覚は、すでに無い。
「俺は、負けるのか?」
健太郎は思う。
「俺は、この男に負けるのか?」
「バシッ!」
健太郎の身体がぐらついた。
「俺は、この男より弱いのか?」
その瞬間……。
健太郎の頭の中で真白な光りが爆発した。
「おらあっ!」
健太郎は叫びのような声を上げて、右の足を思いっきりはね上げた。
健太郎の爪先が、物凄い勢いで黒いコートの男の顎を目がけて飛んでいく。
軽く首を振って、黒いコートの男は健太郎の蹴りを紙一重でかわした。
その時、黒いコートの男の顔は笑っていた。
かわすと同時に、黒いコートの男は右の蹴りを健太郎の左足に放った。
「むうっ!」
健太郎の左足に蹴りが当たる瞬間、黒いコートの男の顔から笑みが消えた。
紙一重でよけた健太郎の右の足が……。
今度は黒いコートの男の脳天を目がけて落ちてきたのだ。
「ちぃっ!」
黒いコートの男は、必死の形相で首を右に振った。
「バシッ!」
健太郎の左足に、黒いコートの男の蹴りが当たった。
「ドスッ!」
黒いコートの男の左肩に、健太郎の踵がめり込んだ。
ミシッ。
骨の砕ける感触が、健太郎の足を伝わってきた。
その、とろけるような甘味な感覚は、健太郎の心と身体を震えさせた。
だが、軸足の左足を蹴られてバランスを崩した健太郎は、その場に倒れ込んだ。
「くうっっ!」
黒いコートの男は、左肩を右手で押さえながら後ろに飛び退いて、数歩後ろに下がった。
「踵落とし……。これもテレビで覚えた技ですか?」
黒いコートの男はニヤリと笑った。
その額に1滴の汗が流れた。
「最近じゃあ、空手の大会でも使う奴がいるぜ」
健太郎はゆっくりと立ち上がった。
「勝てる」
健太郎は勝利を確信していた。
左足の感覚はまだ戻らないが、動けないわけではない。
それに対して、黒いコートの男は鎖骨の辺りを骨折しているはずだ。
「母さん……」
健太郎は思い出したかのように、雪の上に寝かされている母親の方に目をやった。母親の身体には薄っすらと雪が積もっている。
「母さん……。今、助けてやる……」
健太郎は仁王立ちになって黒いコートの男を睨みつけた。
「くくく。健太郎君……。あなたは、私が予想していた通りの人でした。いや、それ以上の力をもっていた……」
黒いコートの男は、そう言って右手で左肩を押さえて、目を細めた。
肩に受けた傷が、相当に痛むらしい。
「やはり、もう若くもないのに、あまり馴れない事をするものじゃありませんね……」
「この辺で、やめにするかい?」
健太郎は素っ気なく答えた。
「くくく」
黒いコートの男は、不気味に笑いながら右手を懐に差し入れた。
「まだ勝負はついていませんよ、健太郎君……。これからは、私流のやり方でやらせてもらいます……」
「むっ!」
健太郎は思わず一歩後ろに下がった。
今まで感じられなかった黒いコートの男の殺気が、急に膨らんできたのだ。
黒いコートの男は、懐からハンカチぐらいの大きさの紙を引き出して、その紙を健太郎の方に向かって軽く投げた。
「何だ?」
健太郎は腰を落として身構えた。
紙はひらひらと雪の降る宙を舞った。
が、その瞬間。
突然、ひらひらと舞っていた紙が燃えさかる火の玉と変わり、スピードを上げて健太郎を襲ってきた。
「なにっ!」
健太郎は、思いっきり地面を蹴って左側に飛んだ。
左足に鈍い痛みが走る。
健太郎の横を、火の玉が音をたてて通り過ぎて行った。
バランスを崩して膝をつきそうになるの左手で押さえて、健太郎は黒いコートの男を驚愕の表情で見つめた。
「てめぇ! 何をしやがった!」
黒いコートの男は、右手で何かを玩びながら、健太郎に向かってゆっくりと歩いてくる。
「くくく。式神の一種を我流でアレンジしたものです」
「何だって……?」
健太郎には、黒いコートの男が言っている意味が分からなかった。
「次は……。避けられませんよ……」
黒いコートの男の右手が頭上に上がった。
細かい紙片が、雪のように宙に舞う。
「ちいっ!」
健太郎は、急いでその場を離れようととした。
が、思うように身体が動かない。
その健太郎を正確に狙って、風に飛ばされそうになった紙片が炎に変わって飛んできた。
数十個のゴルフボール大の火の玉が健太郎を襲う。
とても避けられる数ではない。
健太郎は両腕をクロスして顔面を守った。
その腕や身体に、火の玉が物凄い勢いで当たる。
「くうっ!」
健太郎は苦痛の声を上げた。
炎の熱さは、痛みとなって健太郎の全身を襲う。
思わず目を閉じた健太郎の耳元で、黒いコートの男の囁きのような声が聞こえた。
「今度は、もっと熱いですよ……」
健太郎の背中に恐怖が走り抜けた。
黒いコートの男の声と同時に、軽く背中を叩かれたのだ。
「うおっ!」
健太郎は振り向きざまに右手の裏拳を放った。
「ボン!」
健太郎の背中で、軽い爆発音が鳴った。
健太郎の背中で、一際大きな炎が爆発した。
爆発の勢いで、健太郎の身体が少し前方に浮いた。
燃え盛る炎は、健太郎の背中に燃え移り勢いを増す。
髪の毛が燃える嫌な匂いが鼻をついた。
熱さとも、痛みとも分からないような鋭利な感覚が、容赦なく健太郎の身体を切り裂いていく。
声は出せなかった。
息もできない。
健太郎は立っている事もできずに、前のめりに倒れ込んで、もがき苦しみながら雪の上を転げた。
「ジュッ!」
背中を雪面に押しつける事によって、ようやく炎が消えた。
「がぁっ!」
健太郎は、溜めていた息を一気に吐き出した。
一瞬の安堵感が健太郎の身体を包み込む。
が、その安堵感も、健太郎が空を見上げた瞬間に恐怖に変わっていた。
健太郎の目に、高々と舞い上がった黒いコートの男の姿が映ったのだ。
黒いコートの男は、健太郎を目がけて物凄いスピードで落ちてきた。
健太郎には、落ちてくる黒いコートの男の動きがスローモーションで見えていた。残酷な笑みを浮かべている、黒いコートの男の表情もはっきりと見える。
だが、健太郎の身体はピクリとも動かなかった。
「ドスッ!」
健太郎の腹に、黒いコートの男の膝がめり込んだ。
健太郎は暗闇の中にいた。
意識は……ある。
痛みは……ない。
身体は……動かない。
「負けたのか……」
健太郎は心の中でつぶやいた。
不思議と悔しさはない。
あるのは、黒いコートの男の不思議な技へ対する讃美だけだった。
「凄い技だ……」
健太郎は素直にそう思った。
自分が今まで見た事もない技。
自分が経験した事のない闘い方。
顔の上に降る雪の冷たさが心地良かった。
その冷たさで、自分が今、目を閉じている事に気がついた。
健太郎はゆっくりと目を開けた。
目の前に黒いコートの男の姿があった。
黒いコートの男は、天を睨んで倒れている健太郎の脇に立ち、健太郎の顔を見下ろしている。
「ほお……、まだ意識がありますか……」
黒いコートの男は、驚きの表情を見せた。
さっきまで破裂しそうだった黒いコートの男の殺気が、今はない。
視線を動かさず、じっと天を睨む健太郎に向かって、黒いコートの男が話しかけた。
「健太郎君……。私がどうして貴方と闘いたかったのかが分かりますか?」
健太郎は答えない。
「最初は、高校生離れした貴方の強さに興味があったのですが……。貴方の事を調べているうちに、因縁というものにぶつかりましてね……」
健太郎は答えられずにいた。
なぜこの男が、こんな話しを自分にするのかが理解できなかったのだ。
「くくく……」
突然、黒いコートの男が、遠くを見つめるような目で笑った。
「もう、10年も前になりますが……。私は一度、貴方のお父さんと闘った事があるのです」
健太郎の身体がピクリと動いた。
首をゆっくりと回し、視線を黒いコートの男に向ける。
「何だって?」
「ほう……。いい目をしている。まだ、闘う気が十分という感じだ……」
黒いコートの男は、呆れるように笑った。
「貴方の事を調べているうちに、もしやとは思ったのですが……。今夜……。貴方のお母さんと話しをして、確信しました……」
健太郎は必死に身体を起こそうとした。
だが、思うように身体は動かない。
背中に激痛が走る。
「くっ……」
「あまり無理をしない方がいいですよ……。貴方のお母さんは、貴方が父親の事を知るのを恐れている……」
そう言って黒いコートの男は一歩後ろに下がった。
「まてっ! お、親父はっ!」
健太郎はやっと身体を起こして叫んだ。
「昔……。吹利という街で、貴方のお父さんが所属する組織と、私の雇い主が対立しましてね……。そんな事情で闘う事になったのです……」
黒いコートの男は少しづつ健太郎から離れていく。
「くくく。もっとも、その時の私は……。今の貴方のように……。立ち上がる事もできないぐらいになって、敗れ去りましたがね……」
そう言った、黒いコートの男の足が急に止まった。
立ち上がるはずがないと思っていた健太郎が、ゆっくりと立ち上がったのだ。
「お、親父は……。俺の親父は強いのか?」
黒いコートの男は、痛めている左肩を右手で押さえて笑った。
「くくく。ええ、少なくとも……。この私よりは強いでしょうね……」
健太郎は、ふらふらとした足取りで、黒いコートの男に近づこうとした。
その目は「まだ、闘える」と言わんばかりだった。
黒いコートの男は、健太郎との距離を保つように後ろに下がった。
「健太郎君……。貴方は強い……。だが、この世界には……。常識を遥かに越えた力を持つ者がいるのです……」
その時……。黒いコートの男には見えていた。
健太郎の身体から、闘っている時には感じられなかった、
強烈な「気」が放出されているのを。
その「気」は、青白い光りとなって健太郎の身体を包んでいる。
「くくく。健太郎君……。あなたには見込みがありますよ……。貴方は、今よりもっと強くなる……。もっと……。遥かに……。強く……」
黒いコートの男は、後ろに下がるスピードを上げて健太郎からどんどん離れていく。健太郎は、必死に黒いコートの男を追おうとした。
「まっ、まてっ! お、お前はっ!」
黒いコートの男は、懐から出した紙を健太郎に向かって投げた。
「私の名は「伏見匡平」……。また、どこかでお会いしましょう……。健太君。その時……。私の雇い主が、貴方の敵でない事を祈ってますよ」
「ボンッ!」
突然、健太郎と黒いコートの男の間で爆発が起きた。
「くっ!」
健太郎は思わず顔を背けた。
辺りに一瞬の静けさが漂った。
炎の光りと共に、黒いコートの男「伏見匡平」の姿は消えていた。
『目覚めしもの狼』完